蛇神はたくらみ龍神は斬る (30)過去が書き変わるⅡ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年08月26日

過去が書き変わるⅡ

 深層意識の中のブラックボックスをひっくりかえすことは、自分にとっては見たくもない自分の醜さに気がつくことでもある。見ることを抵抗する感情があるということは、強迫観念がまだあるということだ。自分が持っている強迫観念にはなかなか気がつけない。だが、強迫観念がある限り、ものごとを中庸で見つめることができないのだ。内側に怒りの感情があるので、いつも曲がった受けとり方をしているにもかかわらず、それが当たり前なので自分では気がつけない。そして、膨大なエネルギーを注いで、怒りの基になっている信じ込みを現実化してしまう。それでは、自分の人生をコントロールできないのだった。

 

 今回ブラックボックスをひっくり返して最後にみつけたのは、父を恐ろしいと感じる感情だった。小さい頃、父に震え上がっていた記憶が蘇ってきた。それは別に記憶の彼方に埋もれていたわけではないのだが、感情が伴わない記憶の一つとしてしか見えていなかったのだ。

 

 小さいとき、一つ上の姉は頑固で、薬を決して飲もうとしなかった。そういうときに父は、泣き叫ぶ姉を2階の窓から足を持って逆様に吊るしたり、お灸をすえたりして、何とか言うことを聞かそうとしていた。その様を近くで見て、泣き叫ぶ姉の声を聞きながら、私は父の剣幕が恐ろしくてしかたがなかった。父が力ずくで弱い者を思い通りにする悪代官のように見えていた。

当時、母が父のことを「江戸の敵を長崎で討つ」人だと言うのを記憶しているが、それは私が決めたやり方だった。

 自分の中にある頑固さを姉に見ていた私は、いつ自分が姉と同じ目に合うかわからない恐怖を感じていた。そして「江戸の敵を長崎で討つ」ことに決めたのだ。元々は自分の欲望を押さえられないところから始まった父のお金を盗ることも、いつの間にか復讐にすり替えていた。神職として世間体ばかリ気にする父の娘は泥棒なのだ。それは、お金を出す度に正座させて説教するケチな父、大きくなるにつれて自分を可愛がらなくなった父への復讐でもあった。そこへいつのまにか、姉の為の復讐という大義名分まで加わっていた。だから姉にいったのだ。「父のお金を盗んでいる」と。姉は喜んでくれると思ったのに、喜ぶどころか非難の目を向けられて、当時の私は愕然としたに違いない。だが、姉にしてみれば、勝手に仲間扱いされて、とんだとばっちりを受けた気分だったことだろう。

 

 家を継ぐと言ったときも、自分の中では姉を父から助ける為だったが、本当は父への復讐だったのだ。江戸の敵を長崎で討つために着々と父を裏切り、落胆させる思考を貯めていたということになる。もちろん無意識なのだが、深い心のどこかで、父に復讐しているのかもしれないと感じている自分も確かに存在していたのだ。

 父への恐怖が底にあったから、いつも上司が怖かったのだ。怖いという実感はないが、苦手だった。思いどりに周りが動かないと感情的になり、力ずくでも従わそうとする性格は自分の中にもあるからこそ、父の中に見ていたのだ。姉達はまた違う性格を父に重ねて見ていたに違いない。何度修正してもなかなかたどりつけなかった元の出来事にたどり着き、姉の泣き叫ぶ声を聞き、父の剣幕を恐れて震えている子どもの自分を暗い場所からやっと救い出すことが出来た。

 

 そもそも父が支配者に見えていたのは、私があまりにも依存的だったからなのだ。父は、祖父が病気になってからは家族7人を父1人で養っていたのだ。それがどんなに大変なことか、今なら理解できる。巨大な依存は支配の裏返しなのだ。相手が支配者として映るとしたら、実際に支配しているのは依存している者の方だ。それでも父は逃げずに、日々黙々と働き続けてくれたのだ。それこそが父の愛なのだが、それを当然のように思う依存心があるから、父が支配者のように見えていたのだ。

 

 今の私は、父の深い愛に感謝の念しかない。底にぬぐえない恐怖があったときも、父が大好きな自分や、父に愛されていると実感したくてたまらない自分、父が私を愛してくれているとわかっている自分もいたのだ。だから父を何度も裏切って、父の愛を試していられたのだった。

 

 1,2年前、姉に当時の父とのことを覚えているか聞いたことがある。すると「まったく記憶がない」と言われ、驚いた。つまり、これは私だけの記憶なのだった。

 今となっては、真実はどこにあるかわからない。そもそも真実などというものはないことを知っている。記憶の大部分は感情がつくっている。その感情が書き変わるとき記憶も書き変わる。つまり、過去は簡単に書き変わるのだと今では経験から知っている。

 少し前、「当時の相談内容は覚えていないが、2、3年前にカウンセリングに来たことがあります。」という方が、2度目のカウンセリングに来られた。今回は職場の人間関係の相談だった。その方が帰られたのち過去の内容を書き留めたメモを読み返して、驚いた。初回では「死にたい」とまで思い悩んでおられたからだ。だが、もうその記憶が本人にないとしたら、それは事実といえるのだろうか。

 このブログを書くことを一色先生から勧められた時、「私(一色先生)にはもう(過去を振り返って)書けない。忘れたから」と言われたことを思い出し、記憶が書き変わるとはそういうことなのか!と改めて驚いた出来事だった。

 

 「自分は悪い子だから、いい子だと証明しなくてはならない!」という強迫観念がなくなったとき、まるで流れが止まったかのように心が凪いでいた。もう自分を大きく見せる必要も、自分の中に神を探す必要もないのだ。重いローラーをやっと肩から外して、次に何をすべきかわからず、佇んでいるような気分だった。これまで遠くの景色ばかりを追っていたが、見えるのは自分の足元の愛おしい現実だった。

 

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