蛇神はたくらみ龍神は斬る ⑵一元の理論

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2018年09月04日

 

 

 

一元の理論

人生を振り返る前に、私が学んだフラクタル心理学の一元の理論について、現在の私が理解出来る範囲で少しだけ書いておきたい。

一元の理論とは、自分の思考が人生を100パーセント創っているという理論だ。外側に見ているものは全部自分の過去の思考なので、自分のどういう思考が、どういう仕組みで今の現実をつくったかを学んでいく。「思考は現実化する!100パーセント例外なく!」だということを、頭(表層)だけでなく実感(深層)で深めていくのだ。頭で理解しただけではこの理論は使いこなせない。深層に届いて初めて実感が深まり、この理論が使いこなせるレベルになっていく。

最初は、理論を学びながら、それを表層から深層に届けるルートをつくるところから始めるが、強烈な感情の抵抗にあうことになる。感情は、自分に都合の悪いことは受け入れようとはしない。一元の理論とは数式である。矛盾なく同じ答えが出るから数式といえるのだが、感情はコロコロと都合よく答えを変え、「だって嫌なんだもん!」という感情が、数式がはじき出す答えに勝ると思っている。そのせいで人生がコントロール不能になっていることが理解できない。なので、フラクタル心理学独特の修正という方法で、感情の抵抗を小さくしていくのだ。

抵抗が小さくなるにしたがって、理論が深層に受け入れられていく。すると内側から悟りのような理解がフッと来るのである。どういう思考が自分の現実をつくったか、どこに矛盾が生じてコントロールを失っているかが、「わかる」のだ。この理解が深まるにしたがって、自分の人生に何が起きても外側の人や、出来事のせいにしなくなる。外側は自分でコントロール出来ると気がつくからだ。そして、怒りや恐怖などのネガティブな感情から解放されるにしたがって、積極的にポジティブな人生を創造し始めるのだ。

対して、従来の二元の思考とは、外側には大勢の他人がいて、自分だけの力ではどうにもならない現実があると思っている、コントロール不能の世界である。なので、常に不運や不幸がいつわが身に降り注ぐかわからない不安が付きまとう。嫌な出来事が起きたとき、運命や誰かのせいにすると益々コントロール不能に陥り、不安は増大し恐怖は深まっていく。

 

それにしても、なぜ私たちは不安(怒り)エネルギーで人生を創るようになったのだろう。

フラクタル心理学では、感情は6歳までに意味づけたパターンどおりに、その後の人生も動き続けるという。そうであるなら大人になっても無力だと感じるのも無理はない。子どもは無力で、依存的で、怠慢だ。そもそも何も出来ないところから人生は始まる。赤ちゃんが泣くのを言葉にしたら「誰か早く私の要求を満たせ!!」だ。自分でなんとかするという思考回路はない。泣けば、周囲が気持ちを察して動いてくれる。まさに裸の王様だ。その状態から、自分の事は自分でやる自立の回路をつくろうと親は奮闘するが、そう上手くはいかない。主に感情の脳だけで生きる子どもは、気持ちいいかどうかで善悪を判断するからだ。これまで王様のように親に身の回りの世話をやかせていた子どもが、急に「自分でやれ」と言われれば、怒るに違いない。「自立は悪。親のくせに俺様にやらせるなんて間違っている!」と、意味づけたとしても不思議はない。

大人になっても感情は常に動いている。もし感情をいちいち言語化すれば、それはとんでもなく依存的で、俺様のはずだ。なにせ6歳児なのだから。

「しろよ!なんでしてくれないんだ!気持ち良くないぞ!お前なんか嫌いだ!俺様を優先しろ!」。

いつも人を動かそうとし、人の顔色を伺う。期待通りの反応が返って来るかを見張り、期待外れだと怒る。善悪を自分の都合で判断する。社会人になっても感情がそれでは、周囲との摩擦が増え、疲れるのもしかたがないというものだ。

こういう脳で見る社会は、どこを見ても、奪い、奪われる争いだらけの世界に見えている。奪う相手は、奪おうとする自分の姿が鏡に映っているだけだと気がつかない。そして、依存的で怠慢な自分を正当化する為に、ますます外側の敵を巨大にし、自分を可哀想な被害者にして対抗しようとする。相手を滅ぼすことは自分を滅ぼすことだとも知らずに、正義の戦いに夢中になる。

二元の世界は、鏡に映った自分の後ろ姿を敵だと認識し、自分の背中に何度も矢を放つ世界なのだ。なので、相手に放ったつもりの矢が突然自分の背中に突き刺さり、何度も痛い思いをするのだ。一元の理論をまだ使いこなせないうちは、それに気づくたびに、こんなバカバカしい猿芝居をしていたのか!と、唖然とするのだが、またいつの間にか猿の繰り広げる「正義と悪」の戦いに夢中になっている。本当に感情を猿とは言い当て妙だと思う。

 

一元の理論を理解する過程は、この二元の思考でフル回転させていた不安エネルギーからの解放ともいえる。それは、相手に明け渡していたエネルギーが自分に帰って来ることなのだ。コントロール不能な世界からコントロールを取り戻すのだ。自分がどんどんパワフルな存在になっていくのを感じる過程なのである。

 

 

 

 最近テレビで「石油を燃やさない自然エネルギーへ転換する、エネルギー革命が世界で急速に起きている」という番組を見たとき、フッと思った。これは、思考のエネルギー革命なのだ。怒りを燃やして燃料とする不安エネルギーから、怒りを燃やさない創造エネルギーへ変換する時代が来ている。一元で生きるとはそういうことなのだ、と納得した。

 

 一元の理解を深めていくと、人生には偶然はなく無駄はない、ということが何となくわかって来る。それは、すべて完璧なフラクタル構造だからだ。過去も現在も未来も同じ曼荼羅図の中に同じ絵柄として美しい構造で並んで見えている。内側から悟りが来るとは、「あれ?こことここは同じ絵柄(構造)じゃないか!」とフラクタル(相似形)に気がつくことなのだ。同じ絵柄を使いまわしているだけなのに、見る方が意味付けを変えるので、その度に同じ構造が別の絵柄に見えてくるのだ。

例えば、私の場合、最初に目につくのは「猿」である。私の人生の曼荼羅図のそこかしこに猿の絵柄が入っているように、今の私には見えている。二元の考え方では過去は変えられないとよくいうが、「過去をどう意味付けるかは現在の自分が決めている。」という一元の理論を学んだ今では、過去は簡単に書き変わると知っている。

過去を書くうちに脳がコネクトされ、どう書き変わるのか、楽しみである。

(続く)

 

私の過去のブログ「モンキートレーナーたまこ」より

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