蛇神はたくらみ龍神は斬る(16)神々の出雲 感情の解放Ⅰ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月10日

 

神々の出雲  (Ⅰ)感情の解放

 

 出雲大社の神職養成学校は、半日勉強し、半日は社頭奉仕といって、出雲大社で神職の仕事を手伝う。女子の生徒は巫女の仕事を手伝うことも多かった。夏や冬の長期休暇には他所の神社に一週間ほど研修に出向く。年に数回、御神跡巡り、大祓い百巻奏上、大寒禊といった荒行が行われ、2年目の冬には伊勢神宮で他の神職養成学校の生徒と合同の研修会があり、五十鈴川での禊もある。

 

 一年目が始まると、出雲の地で早朝から規則正しい生活をしているおかげで自尊心が出来てきたのだろう。次第に周りの同級生のやり方に腹が立つようになった。年下ばかりだったせいもあるだろう。ぶっきら棒で自分本位な過去の自分が周囲に見えて、腹が立って仕方がなかった。誰かに向けて思いっきり怒りをぶつけたのも初めての経験だった。フラクタル心理学では、外側に腹が立つ相手がいるときは、今は変えたいと思っている過去の自分の姿を見ているのだが、その当時は勿論知らなかった。

 2年目に下級生が入って来ると益々頭にくる出来事ばかりが増えた。過って不良で、散々親不孝し、上級生にぞんざいな口をきき、脅し、バカにする下級生は、父に反発し、見下している過去の自分の姿だった。だが、内側に神がいると信じていた当時の私は、脅されても怯まなかった。散々真っ向から睨み合い、毎日学校行事が終わると出雲大社の境内にある社を拝んで回り、裏山にある滝まで行って朗詠を叫んで気持ちの憂さを晴らしていた。それでも収まらない怒りを勉強に向けたおかげで、卒業する時は最優秀賞を受けることができた。5人しかいないのだから大したことはないが、頭にくるとこんなに勉強に集中できるものかと思うくらい怒ってばかりいた2年間だった。

 

 過っての自尊心が低い自分は、本当はいつも怒っていたのにも関わらず、怒りを表現するのが苦手だった。だから、自分の気持ちが自分でもよくわからなかったのだろう。内心では気持ちを言葉にして誰かに理解してもらいたいと心の底から願っていた。怒りを表現するには自尊心が必要なのだった。

 

 出雲大社で自分が腹を立てる原因が、もう一つあった。

それは男女の差だった。

 出雲大社では男性が入れても女性が入れない場所があった。同じ神職養成学校の生徒でも、そこは変わらなかった。生理になると女性は社頭に出てはならないという決まりもあった。生理は不浄という解釈なのだ。私は神社の娘だったが、初めて聞く解釈だったので、まるで女性そのものが不浄だと言われたようなショックを受けた。差別を受けるとこういう気持ちになるのか、と感じたものだった。(続く)

稲佐の浜

団体訓練、龍笛の練習をしていた思い出深い場所

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