蛇神はたくらみ龍神は斬る (17)神々の出雲 感情の解放Ⅱ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月14日

 

神々の出雲 感情の解放 Ⅱ

 

 ここで経験した男女差別で、自分は深く傷ついたと思っていたが、考えてみればそれ以前にも自分の周囲では差別がつきまとっていた。小中学校では部落差別が大きな問題になっていたし、社会は基本男尊女卑で、家では父が母をこき使っているように感じていた私は、女性は損だといつも思っていた。

 フラクタル心理学を勉強し、「差別は、差別する思考を持っている人にだけ現実化しており、大人の脳で生きている人は差別がない世界に生きている。」と聞いたとき「差別がない世界が存在する⁉」と愕然としたものだった。それくらい差別は人が社会を形成する限り、当り前に存在するものだと思っていたのだ。 当り前だと思っていることこそ実は最も量が多い思考だとフラクタル心理学では勉強する。ということは、私の中では小さい頃から空気や水が存在するように、差別する思考が存在していたということらしい。あたり前に周りを差別していたといってもいい。つまり子どもの頃の私は、相当傲慢で、周囲を見下していたのだ。だから現実を離れ一人空想にふけることが出来たのだろう。

 

 また、「男女差別があるという人は、女を武器にして男性に依存する思考の持ち主」だという。考えてみれば、父は祖父亡き後、女性ばかり6人を男手一つで養っていたのだ。それがどんなに大変なことか子どもの私は想像すらしなかった。風邪で寝込む父の姿など見たことがないが、寝込むことさえ父には許されなかったのだ。毎日休みなく働く父が、家の中では自分の世話をするべき母を独占してこき使う悪者にしか見えていないから、世の中が男尊女卑に見えるのだ。貰うものは当たり前に貰っておいて文句だけはいい、母親をこき使っていたのは私のほうだ。責任から逃れる為には都合よく女であることを利用し、決して与える立場に回ろうとしない。そんな自分を正当化するには、父を悪代官のような存在にしておく必要があったのだ。

 

 人は当たり前の思考には気がつかない。わざわざ言葉にする必要がないくらい巷に溢れて存在するように見えるからだ。それは自分の思考なのだが、思考が100パーセント現実化していることを、フラクタル心理学で学んで知っていなければ気がつくことが出来ないだろう。実はそれも子どもの頃につくった思考パターンなので、気がつくことができれば変えることが出来るのだ。

 

 6歳ころまでの子どもは、どんなに素質があっても社会でお金がもらえるほどの能力は身に付いてはいない。能力を身に付けるには、コツコツと時間をかけ努力をしなくてはいけない。だが、遊び好きで、自分の思うようにしたいし、すぐに注目されたい子どもは、コツコツと誰かの指示に従い能力を身につけるのが大嫌いだ。能力をつけさせようとする親からのいいつけを聞けない罪悪感を誤魔化し、能力がない今のままの自分を正当化するには、親を悪者にして、自分よりももっとダメな人間を周囲に創り出すのが最も手っ取り早いのだ。なんてダメな奴!と思っているだけでも、自分の方が優れている気になれる。だが、それをやって努力から逃げ続ければ、いつまでたっても能力は身につかない。自己評価は低いままだ。そもそも子どもは親に養われている身だ。養う相手を見下す思考パターンがあると、常に社会に出ても自動的に自分を育てる人、養う人(先生、上司、社長、夫、社会など)を見下すことになる。無意識とは意識がオートメーション化しているということだ。やっていないつもりでも自動操縦でやっている。そうやって自分を正当化しながら努力から逃げ続ければ、低い自尊心を満たす為に益々外側に見下す者をつくりだし、自分の方がマシだと自己弁護に励むことになる。そういう人の見ている社会は、差別に満ち溢れているように見えるのだ。

 

 

 だが、この思考もやり過ぎると、山を登り切ったあとは下るしかないように、自分が見下す立場から見下される立場に逆転するのだ。

 

 この出雲の地で、私は初めて差別を受ける立場の悔しさ、苦しさを味わった。それは、自分が過去に味あわせた相手の思いが自分に帰ってきただけなのだ。当時こんなに嫌な思いをするものなら、差別は決してするものではないと感じたことを覚えているが、自分が人の足を踏んでいても痛くも痒くもないので、踏んでいることにさえ気がつけない。自分が踏まれて初めてその痛さに気がついた瞬間だったのだ。

 

 

 この、人を見下す思考パターンがある限り、相手のいいところを決して見ようとはせず、常に悪いところだけをカウントしていく。最初は自己評価の低い自分を誤魔化し、優越感を味わう意図でやっていたとしても、「だからこいつはダメなのだ!」と見下す思考を繰り返すうちに思考の量が増え、本当に相手はダメ人間になっていく。これを夫にやり続けると、夫が、誰が見てもダメな夫と認められる現実を創っていく。これを上司や部下にやると、使えない上司や部下ばかり周囲に量産することになる。子どもにやれば、子どもが問題を起こすようになる。だが、「どうしようもない奴」などと余裕をもっていられるのも最初のうちだけで、次第に自分自身がそのダメ人間に悩まされる現実を嫌というほど味わうことになるのだ。この状況を創り出したのは自動操縦の深層意識だが、現実に直面し「こんなはずじゃなかった!」と驚き、傷つくのは表層意識の自分だ。二つはまったく別の脳なのだ。

 

 感情脳が創り出すパターンの現実化は、最初は自分が被害者だと感じるところから始まる。「なんで私がしなくちゃならないの!」「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの!」そこには隠れた意図がある。自己評価が低い自分が優越感を味わうためだったり、怠慢な自分、傲慢な自分を正当化する為だったりする。一番の意図は親の側(与える側)に回ることから逃げ、いつまでも貰える側で、言いたい放題、やりたい放題の子どもでいたい自分の正当化だ。その為に、決して相手の本当の姿を見ようとしないで、悪いところだけをカウントして不満ばかりを口にする。その思考を貯め続けると、社会で誰もが同情してくれるような弱い立場の被害者になっていく。それが、能力のない子どもの脳が創った勝ちパターンだからだ。

 

 自分の中にある甘酸っぱい感傷にひたると、可哀想なドラマの主人公になったような切ない気持ちになるものだ。だが、これこそが6歳までの自分がつくった被害者意識という感情の思考パターンなのだ。ドラマで感傷に浸るだけでも思考は貯まる。いつか現実化して自分が被害者になったときは、まったく別の感情を味わうことになることを知っておいた方がいい。誰かに足を踏まれた被害者の自分を想像し感傷に浸るのと、実際足を踏まれたリアルな痛みを味わうのとではまったく違うように。(続く)

出雲大社の本殿

昔はこの本殿の裏山がご神体だったと言われている。

本殿の裏には、その床下に一晩籠れば霊能を授かることが出来るという社がある。

出雲大社の神主さんが教官となって受けた授業の中には、

大社に昔から伝わる除霊の祭祀や、その祭祀中に起こる様々な霊現象の話が聞けて、生徒には大受けだった。

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