蛇神はたくらみ龍神は斬る(25)龍神

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月15日

 

(25)龍神

 

 不思議な現象はもう一つあった。桜が降る5,6年前、祭りの前の掃除を終えて高龗神社から下ろうとしていたとき、姪が大きな声で「あっ!龍がいる!」と叫んだ。指さす方向を見ると、本当に龍がいた。皆、興奮して口々に「龍がいる!」といい合った。近くにいって下から見ると、それは枯れた松の枝の先が、本殿から眺めると、龍そっくりに見えるのだとわかった。

 

 

 

 

 人は神の子、内側に神性を持っている、アセンションして誰もがその神の力を発揮して人生を思うように創造していく時代が始まるのだから、神社は必要なくなる。もしかしたら、神社にある鳥居は神を閉じ込めておくための結界なのかもしれない。当時そう思っていた私は、「神社に閉じ込められていた龍神が外界へ飛び立とうとしている」と感じたものだった。そして、桜が降った一か月後頃、強風が吹き荒れた一夜が明け、その龍に見えた枝が折れて落ちた、と聞いたとき「龍が放たれた!」と確信したのだった。

 その頃の私は、神社を継がず、人に明け渡す行動にでる決心をしても、「本当にこれでいいのだろうか?」と日夜悩み続けていた。桜が降っても、龍神が空に放たれた!と確信しても、一方で心は常に揺れ動いていた。このままいけば自分の故郷も、その歴史も消えていくことになる。それが何よりもつらかった。

 よく眠れない日が続いていたころ、朝方印象的な夢を見た。夢の中で自分の育った里があっという間に木々に覆われていく様を見ていた。心の中で「寂しい」とつぶやくと、「元の姿に戻るだけ」という声が返ってきた。「そうか。元の状態に戻るだけなのか。」と、妙に納得し、目覚めたのだった。それ以来迷いがなくなり、神職を辞すために行動する決心が決まったのだった。

 今考えてみれば、フラクタル心理学を知る前は、脳は気がつけば受け身の思考パターンになっていた。「いつも(邪魔者に)される」「どうせ(いらない子)なんだ」。()の中身は人それぞれだが、このパターンの中に毎回登場人物を当てはめては自分を憐れむ受け身の人生を生きていた。だが、フラクタル心理学を知ってからは、この受け身の思考パターンを修正することで、誰も憐れむ必要がない能動的な人生に少しづつ変えてきた。すると、面白いことに脳が自分で答えを出し始めるという感覚に何度も陥るのだ。「ああ、そういうことか!」この感覚を得る度に、脳にとっては受け身ではなく能動的な方が自然(あるべき状態)なのだな、と納得するのだった。

 

 

 ところで、不思議な現象を創り出す思考とは、フラクタル心理学で考えるとどういうことだろうか?当時の私は、神とは超常的な存在で、どんな不可能なことでも出来ないことは何もないと思っていたのだ。だからアセンション(次元上昇)すれば、自分が魔法の様に願い通りの人生をあっという間に創り出せる存在になると思っていた。(実際は、時間をかけて思考を貯め、法則通りに現実化する。そのルールを知って使いこなすようになるということなのだ。)だから、もうすぐアセンションするぞ!するぞ!と思考すればするほど不思議現象を創り出していたのだった。

 不思議を創り出す人は、自分は特別な存在だと周囲からも思われたい欲求が強い。だが、社会で特別な存在になって尊敬を得るには、社会に通用する(お金になる)能力をコツコツと身に付ける必要がある。それには人の下について学ぶ必要があり、時間もかかり、労力も忍耐もいる。元来特別だと思っている人にとっては、苦手なことばかりなのだ。だから、手っ取り早く不思議現象を創り出して、今のままで周囲から特別扱いされ、敬われようとするのだ。

 だが、この不思議思考も最初のうちは狙い通りの結果を得られるが、いき過ぎる(思考の量が増えすぎる)とマイナスの結果を生むようになる。例えば、霊能者と呼ばれるような人は、最初のうちは病気を治してもらったとか、事故を未然に防いでもらえたなどと感謝されるが、やり過ぎると必ず裏を見ることになる。外側に「なんて嫌な奴なのだ!」といいたくなる人を見るようになったら、その時が止め時なのだが、やめることが出来ないと必ずトラブルに見舞われ、自分自身が制御出来ない力を畏れ(恐れ)、従わざるを得なくなっていく。人には制御出来ない特別な力があると周囲に信じ込ませ、畏れ(恐れ)させることで人を従わせようとする行為は、思考のエッセンスにすれば「傲慢」であり「怠慢」なのだ。自分の未来は、抽象化された思考のエッセンスで創造され、過去に人に与えた感情を次は自分が味わうことになるのだ

 すべての思考は法則に従って現実化するだけなので、傲慢な人には傲慢が返って来るし、怠慢な人には怠慢が返って来る。返って来るとは、「なんて○○なのだ!!」といいたくなる相手が現れ、苦しめられるということなのだ。これ以上苦しめられたくないと思うのなら、相手に言いたいことを自分が止めればいいだけなのだが、思考を抽象化し、エッセンスに戻す能力がないと、どこで自分が同じことをやっているのか、見つけだすことが出来ないのだ。

 この受け身の思考ルートは、もともとは本来やるべきことから逃げるために、外側に敵をつくって、逃げる自分を正当化したことから始まっているので、上に従って、本来やるべきこと(コツコツと能力をつける)を素直にやる自分にならない限り、問題は次々と湧きおこることになる。心の底でこの誤魔化しに気がついているので、戦いを続けるかぎり深層意識の中に罪悪感が貯まり続ける。この罪悪感が自分を苦しめ、不幸をつくりだす種なのだが、インナーチャイルドが戦いを止めることは、自分の負けを認めて、怠慢、傲慢な自分に向き合わなくてはならなくなるということなのだ。

 深層意識のインナーチャイルドを方向転換させることが出来、罪悪感から解放させられるのは、表層意識の自分だけである。だが、思考の現実化の法則を知らない無知な表層意識では、自分(創造主)の夢を叶えるエネルギーであるインナーチャイルドの信頼を得ることも、納得させることも出来ない。インナーチャイルドの納得が得られなければ、どんなに叶えたい夢があってもそこに向かってエネルギーを使うことが出来ないのだ。

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