2019年

蛇神はたくらみ龍神は斬る(28)感情脳の正体

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年06月18日

 

猿脳(感情脳)の正体

 

感情を感じる為に生れてきた!

 以前の私は感情を満たすことが幸せにつながると信じていた。だが、「感情脳は猿くらいの知恵はあるがあまり良いものではない」と聞いたときのショックは大きかった。それまでの自分には、感情を感じない状態など想像もできなかった。もし、そういう状態の脳が一般的だというなら、私はジャンキー中毒ならぬ感情中毒ではないか!?と、当時は思ったものだ。それくらい常に感情を感じていたかったし、感じていた。それに、フラクタル心理学では過去に無駄な事はしていないと学ぶではないか。だったら、感情を感じる人生も無駄ではなかったはず。人間よりも猿の群れの方が多い自然の中で育った子ども時代にも何か意味があったはずだ、とこだわり続けないと、それまでの人生を全否定されたような気持ちになるのだった。

 だが、この納得できないことに「でも、、」とこだわり続け、自分を全否定されたと感じるのが、自分の持っている思考パターンだとはまさか思いもしなかった。「でも、」と思うことで、納得できない出来事を現実化し、自分を否定された感情を味わい続けていたのだ!以前書いていたアメブロ「モンキートレーナーたまこ」も、そんなこだわりから書き始めたのだった。当初「私サルですけどそれがなにか?」という題にしようかと思っていたが、さすがにそれでは挑発的だと改めたのだ。この、反発すると挑発的になるのも私の心理パターンだったのだ!

 そして、難しいことに直面すると、「出来ない!無理!わからない!」と思う思考パターンがあることにも、最近はっきりと気がついた。これも、いつも当り前に空気の様に思考していた。苦手なことに直面すると「出来ない!無理」だという感情が動くから、頭に血が上って失敗し、「誰も私を認めてくれない!」という感情を味わっていたのだ!

 なんというバカバカしさだろう。自分の持っているパターンには、なかなか気がつくことが出来ない。特に空気のように馴染みのある感情ほど、修正したつもりになっていても手放しきれていないことが多い。

 自分を全否定されているような惨めな気持ち、誰も認めてくれないという悲しい気持ち、それの何が悪い!と思う反抗的な気持ち。どれも生まれた時から上の姉妹には何をやっても叶わず、いつも命令される側にいる末子にありがちな思考パターンだと分かる。自分を憐れんでいる内はまだ保護を手放さず、コツコツ努力して能力をつけ、責任をとる生き方から逃げている。この感情を味わい続けることで何を現実化しているかを理解し、心底バカバカしいと思えるようになって初めて、心理パターンを手放す気になれるのだ。

 自動操縦の感情は、赤ちゃんから小学校に上がるころまでの意味付けのままで動いている。なので私は、赤ちゃんのように優しく扱われることが好きだし、フワフワとした柔らかいものが大好きだ。反対に、厳しい、キツイと感じることからは逃げようとする。だが、筋肉も圧がなければつかないように、成果を出すには必ず圧(プレッシャー)が必要なのだ。この圧(プレッシャー、ストレス)が子どもの頃に「悪いもの」に意味付けされていると、修正してもなかなか動き出せない。「やってもやってもきりがない」と思うのは、私が諦めるときの思考パターンだ。高校を卒業する頃には「私はこの藤尾の山の中からは絶対に出られない!」とまるで見えない鎖に繋がれているかのように感じていたことを覚えているが、そう思うことで、プレッシャーのかかる世界に自から飛び込もうとせず、居心地の良いぬるま湯のような現状の中にずっと居続けようとしていたのだ。

 もう一つ、私の中では、自立=見捨てられる=猫との別れを意味していた。以前、カウンセリングを受けたとき、自分の方から唐突に「猫だけは、まだ手放せません!」と言ったことがある。自分でもなぜそんなことを言ったのか不思議だった。猫は私にとっては孤独を癒してくれる単なるペット以上の存在だった。子どものときには忙しい母の代わりに猫がいつもそばにいた。姉達がしだいに一緒に遊んでくれなくなっても、猫を相手によく遊んでいた。独身時代にも猫を飼っていたが、貴重な彫刻が沢山置いてある嫁ぎ先に連れて行くことが出来なかったことが、何よりも辛かった。結婚して初めて実家に顔を出したとき、猫を抱きしめて「ごめんね」と、泣いたことが思い出される。次に今の猫を飼うことになった時に、「もう絶対に見捨てたりしない!」と心に誓った。それが、カウンセリングのときの唐突な言葉になったのだった。

 私は、置いて行かれた猫に子ども時代の自分を投影していたのだ。今思えば、自分の中に自立=置いて行かれる=見捨てられる、という信じ込みがあった。どうせ見捨てられるなら、代わりのもの(猫)に慰めてもらう、と決めたのだった。そういえば、長女が結婚して家を出たときも、次女が高校卒業と同時に家を出たときも、見捨てられたような気持ちがしていたのだった。こんな信じ込みがあると自立しようとすら思わないものだ。かりに表層意識が自立しようとしても、深層意識の中の見捨てられたと思っている自分(インナーチャイルド)が、それを許さないのだ。

 だが、実際は見捨てられたわけではない。自分が親の手伝いを無視して、部屋で猫とゴロゴロしていたかっただけなのだ。ある意味、手伝いを求める親や姉を無視して、猫を口実に遊んでいたのだから、見捨てたのは自分の方なのだ。

 面白いことに被害者意識を抱くとしたら、必ずその前に加害者の自分が存在する。被害者意識とは加害者の自分を誤魔化す為の感情エネルギーなのだ。つまり、被害者の感情が動く人ほど、内側に矛盾する加害者のエネルギーを持っている。そして、それを誤魔化す為に膨大なエネルギーを使っている。フラクタル心理学を学ぶと罪悪感に囚われる時期がある。だが、罪悪感を抱いている内はまだ本当に反省して加害者を止めたわけではない。罪悪感とは、加害者の自分に気がついているという段階にすぎないだからだ。これまで人から得ていたエネルギーを、自分を動かして得られるようになって初めて、罪悪感から解放されるのだ。

 

 

 実は、フラクタル心理学でも人生の目的は感情を感じることだという。だが、その感情は、達成感という感動を伴う感情で、幼児の頃の被害者意識を元にした波のように揺れ動く感情ではない。怒りを土台にしたこの感情は、周囲を動かして欲しいものを得ようとするので、自分の思い通りに動いてくれるものは善で、そうでない者を悪にして、正義の戦いに明け暮れる。だから、いつまでたっても自分自身の人生に集中して、目標を達成し、達成感を味わう方向へ向かえないのだ。

 

 人は外側に凄い人を見ると自分も上に向かっていきたいと願う。「いいなあ、素敵だなあ」と感じるのは上に行こうとするエネルギーだ。夢を持つのも、目標を決めるのも上に行こうと思うからだが、そこに行くまでの努力の過程で感情を使うと、真逆の方向にエネルギーを使うことになる。楽しいことや面白いことばかりに目を奪われ、人間関係のゴタゴタをつくっていく。

 

 社会に序列があるように見えるのは、自分の中に努力や能力がある人を認め、敬う思考があるからだ。一方で、平等で競争がない社会がいいと思うのは、努力が嫌いで能力がなくても、能力がある者と同じに扱え、と思う思考があるからだ。これも真逆のエネルギーなので、前に進もうとすると心に葛藤を生み、進むことが出来ない。

 

 

 フラクタル心理学の素晴らしさは自己完結に向かうことにあると思う。この理論を体系的に学ぶと、この世界は100%自分が創っているのだから、答えは自分の中にあると分かって来るのだ。なぜ作ったのかわからなければ、LDPという手法で、自分で答を見つけ出すことが出来るし、この世界はフラクタル構造なので、どこからでもヒントを得ることが出来る。だが、感情を主に使ってきた私のようなものが突然自己完結の言語を聞いても、最初のうちは宇宙人の言葉のように理解出来ない。しかも翻訳すると、被害者だったはずの自分が加害者になってしまっているのだから、狐に化かされたような気分になったものだ。

 これは、表層意識と深層意識とでは思考の量が逆転するせいだ。それは、鏡で見ると自分の姿が左右逆に映って見えるようなものだ。だが、そんなことを聞いたとしても、実際目で見たものしか信じようとしない表層意識は、なかなか納得しない。自分では「1パーセントくらいはあるかもね」と思う意識が、実は深層では大半を占め、「100%そう思っています!」と感じていても、深層意識に入ると2,3パーセントにすぎなかったりする。すると現実化するのは、ちょっとくらいは感じてたかもね、の方なのだ。そのときに、人生は自分では制御不能で、思いもかけないことが起きると感じるのだ。

 フラクタル心理学で深層意識の捉え方を学ぶと、理論通りに理路整然と思考が現実化していることに納得出来るようになる。今どんなに嫌な思いをしていても、過去に自分が何を望んだから今こんな気持ちを味わっているかに気がつけるようになる。そして、気がつくことができれば、変えることも出来るのだ。

 

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(27)無駄な経験はないⅡ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年05月22日

無駄な経験はない2

 フラクタル心理学にLDPという、感情を基にして自分の進むべき方向が分かるという独自の手法がある。これをやるとき、秋祭りの神輿の巡業をいつも思い出す。祭りに参加したことがあるなら、神輿の一番前を歩く、天狗のような長い鼻のお面を被った猿田彦命という神様を見たことはないだろうか。神輿は祭神を乗せて、何か所かのお旅所を巡って最終的に元の神殿に帰るのだが、猿田彦命はその先頭に立って神輿を道案内する神様だ。実家の神社に祭神の一柱としても祀られている。秋祭りの神輿の巡業には毎年神職として参加して、猿田彦命のすぐ後ろをついて歩いたものだった。

 この神輿の巡業は、LDPそのものじゃないか?といつも思うのだ。先頭で道案内をする猿田彦命は、感情を上手に操って神輿を進むべき方向(目標)に向かわせるフラクタル心理学を学んだあとの表層意識のように私には思えるのだ。神輿を担ぐのは感情脳のエネルギーなのだが、感情脳は子どもの脳なので根気がなく、飽きやすい。それでもお祭り騒ぎが大好きなので、自分に何の責任も生じないニュースやスポーツイベントなどで盛り上がり、他人の神輿を一時的に担いだ気になってばかりいる。もし自分が乗った神輿を担いで次の目標(お旅所)までいけと言われれば、「つまらない、退屈だ、キツイ、シンドイ」などと言って抵抗するのだ。だが、他人の神輿をいくら担いだふりをしても、うっぷん晴らしになるくらいで、自分の現実には何一つ積み上らない。自分の乗った神輿を次の目標(お旅所)まで担いでこそ、達成感が得られる豊かな人生になるのだが、表層意識にフラクタル心理学の一元の理論が入っていない場合、外側に見えるものばかりに心を奪われ、自分に集中することが出来ないのだ。

 

 そもそも感情とは地縛霊のようなものだと思う。感情的になると、地球に呪縛された月のように、いつも同じ面だけを固定して見てしまう。強迫観念で行動するので、抽象度が低い視野の狭い状態だ。一歩目線を上げて別な角度から全体を見るということが出来なくなるのだ。フラクタル心理学を学んだ表層意識は、LDPや誘導瞑想で感情脳に一つ高い目線を与え、そのパターンとなっている固定された感情の呪縛を解くことが出来る。すると、これまでとは違う広い視野ができ、別の行動がとれるようになるのだ。そうやって呪縛を解いた感情エネルギーが増えていけば、自分を乗せて目標まで辛抱強く神輿を担ぐようになり、やっと達成感を味わう人生に変わることが出来るのだ。

 

 

 フラクタル心理学では、私のような末子は、保護が欲しくて末子を選んで生まれて来るという。末子にとっては保護=愛なのだ。確かに振り返ってみれば、私のこれまでの人生はいつも大きな後ろ盾に守られていた。大家族の末子として家族に守られ、神社の娘という家柄に守られ、神職の父に仕事で守られ、自営の夫に金銭で守られ、成功した彫刻家の義父の肩書に守られているように、常に誰かの後ろ盾があった。つまり、保護をいつも得ていたのだった。

 私の場合、保護は空気と同じくらい、努力しなくても常に手に入れている。つまり、保護を得ることが自動操縦になっているのだ。だが、保護されていると限定的な自由しか手に入れられないし、地位も手に入らない。だから自分にはない自由や地位が欲しくなり、現状に不満が生まれるのだが、保護を手放さなくてはそれらが手に入らないことがわからない。しかも、空気のようにいつも手にしているので持っている自覚すらない。両手に保護を抱えたまま自由や地位が欲しいと思うから、常に葛藤を繰り返すしかなかったのだ。守られることが愛になっている末子である私は、長子のように責任をとって地位を得れば誰からも守ってもらえなくなると感じるし、中間子のように自由に行動すれば一人ぼっちになってしまうと感じる。だから一旦手に入れようとしても、やっぱり愛がない!と途中で放り投げてしまうのだった。

 そもそも自分の中に「保護を得る」という感情(思考)があることにすら気が付けないのだから、表面上の心(表層意識)で懸命に自由や地位を求めて行動しても、地表が地殻に逆らって動くようなもので、そのうちずれた分だけを元に戻すような大きな出来事が起きて(思考の地殻変動が起きて)、元の状態に引き戻されていたのだった。それを繰り返す度に頑張ることに疲れ、少しづつあきらめの人生に向かっていく。

 それがいつも問題を起こしていた。ものには必ず表と裏があるように、同じ思考を続けていると裏面ばかりが見えてくる。保護ばかりを得ていると、そのうち保護を束縛と感じるようになり、自由を求めるようになる。そもそも大人になったら自立する必要があるのに、いつまでも誰かの保護を得ようとすれば、それが親であっても、相手にとっては大変な重荷になってくるのだ。砂糖や塩でも大量にとると毒に変わるように、思考も大量になると出世魚の様に呼び名が変わり、誰かを束縛して利用していることと同じになる。それでも保護を求め続けていると、そのうち「自分の利益の為に人を利用するな!」と言いたくなるような、お金にならない行動ばかり要求する誰かに自分自身が振り回される人生になっていく。もっと大量になると、それは支配される恐怖へと変わっていく。保護に限らず、同じ感情に呪縛され続けると最終的にはそこに行き着くのだ。今自分が味わっている感情こそ、実は周囲に自分が味あわせていたのだと気がつくことが出来れば目の前の問題は解決するのだが、感情の呪縛を解かない限りそこに気がつくことは出来ない。

 

 

 だが、保護を得る為に手に入れた能力もある。保護を得る為には人の機嫌を取る必要があった。場を和ませたり、人の顔色を読んだり、相手によって態度を変えるのも、話題を振って笑いをとるのも無意識でやっていた。それは少量であれば社会で役立てる能力になる。だが、無意識ということは自動操縦なので自分では止めることも加減することも出来ない。どんなこともやり過ぎれば意味合いが変わり、必ず悪い影響を及ぼすようになる。だから一旦自動操縦から抜け出して、自分の意志で加減出来るようにならないと能力として使うことは出来ないのだ。その為にもフラクタル心理学理論を表層意識に入れ、神(思考の現実化の構造、仕組み)の知恵を持った猿田彦命にする必要があった。

祭りの先頭で榊を持って歩く猿田彦命

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(26)無駄な経験はない

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月25日

 

無駄な経験はない

 父の祭りの手伝いを続けながらアルバイトを転々としていくうちに30歳近くなっていた私は、父が結婚相手にと離婚経験のある神社関係者を強引に引き合わせたことが引き金となって、当時アルバイト先で出会い、付き合っていた相手と結婚して家を出る決意をする。結婚して家を出ることは、両親だけでなく、神社関係者の期待も裏切ることになると分かっていたが、このまま意に染まない相手と結婚したとしても決して幸せになれない!自分が幸せになることが一番の親孝行になるのだ!と言い聞かせながらの結婚だった。

 だが、これも子どものときの思考パターン通りに人生を創り上げたに過ぎない。羨ましがって自分もやりたいと手を上げるが、いざやってみるとそこには自由がなく、責任が重くのしかかって来るのがわかってくると、誰かに押し付けて逃げてしまうのだ。私の人生は、このパターンを何度も繰り返しているのがわかる。

 

 夫の父親は彫刻家だった。まだ独身の頃初めて義父のアトリエを訪れたとき、「こここそ私の本来いるべき場所だ!」と感じたことを今もはっきりと覚えている。義父のアトリエは、子どもの頃から憧れていた自由と才能と創造の象徴のように感じられた。絵を描いたり、本を読んだりするのが好きで、儀式や社交儀礼が苦手だった私は、自分は生まれる場所を間違ったのだとずっと感じていたので、「本来居るべき場所にやっとたどり着いた!」と思えたのだった。

 結婚してひと月もたたないうちに、義父は待望だった日本で一番大きな美術展の審査員になり、翌年には広島県で最初の県民栄誉賞も受賞した。夫は同じ年に仕事を独立し、収入は3倍にも4倍にも増え、長男も生まれた。そこから先は、その2年後に生れた娘も加えて、毎年アジアのリゾート地でダイビング三昧の旅行を楽しむのが恒例となった。モルディブ、プーケット、グアム、サイパン、ニューカレドニア、グレートバリアリーフなど、アジアの主要なダイビングスポットにはほとんど家族4人で行き、現地で多くの方と関わり合うことができ、まさに子どもの頃の夢がすべて叶ったような生活だった。

 結婚を機に習い始めた生け花の華展では、毎年義父との合作のような作品を仕上げて出品した(それは今も続いている)。人の背を越えるような大作を作る時、義父に相談すれば、彫刻で使った残りの廃材を使って、すぐにその土台の部分をイメージ通りにつくってもらえるのだ。私が頭の中にあるイメージを義父に伝えると、義父はすぐに理解し、互いにああでもないこうでもないとイメージだけで会話しているのに、確かに同じイメージを共有していると思えることが不思議だった。

 

 気がつけば19歳の頃の自分とは比較にならないくらい幸せな生活を手に入れていた。嫁ぎ先の義父母は、天気がよいとふらっと一緒にデッサンや旅行に出かけ、私と夫の生活にあまり干渉しないので、肩の凝らない自由な家風だった。夫は真面目で優しく働き者で、私は宝物のような子どもを得ていた。

 その半面、型にはまり自由が許されない神職の仕事と、嫁ぎ先とは対照的な家風の実家とを行き来する生活に、何故私の人生はこうも両極端を行ったり来たりするのだろうと納得がいかなかった。早く神職を辞めて自由にやりたいことだけをしていたかった。35歳を過ぎてから10年間漫画家を目指したことも、神職を辞めたい一心からだったが、東京の色々な出版社に持ち込んで、たまに良い手ごたえを感じたことはあっても、結局は実力不足を痛感して諦めるしかなかった。

 今ならわかるが、もともと漫画家になって成功したい気持ちなどなかったのだから、なれるわけがなかった。人は本当に欲しいものは必ず手に入れるからだ。「なるぞ!なるぞ!」と思考すればそのうち空気のように当り前に手に入れているものなのだ。もし、10年間必死でやり続けても手に入れられていないなら、それは感情の部分では欲しくないのだ。私が漫画家を目指したのは、型にはまり、責任をとる神職の仕事を辞めて、自由にやりたいことだけをしていたかったからだ。もし漫画家になってしまえば、今度は漫画家として型にはまり、責任をとらなくてはならない。つまり、私の本当の願いは「自由にやりたいことをする」ことで、それはもう叶っていたのだった。空気のように当り前に手に入れていたので、自分では気がつくことが出来なかっただけなのだ。

 だが、10年間漫画家を目指して頑張ったことも決して無駄にはならない。それが結果的に自分のイメージ脳を鍛え、自分の中からどんな感情でもひょいと掴み上げることができる能力として、今役に立っているからだ。誰もがフラクタル心理学の理解が深まれば深まるほど、過去に頑張った経験が未来に生きてくることを実感するはずだ。どんなに嫌な出来事も、その経験が欲しいから自分で創っているのだということも。

 両極端を行ったりきたりする度に、八方塞がりのように感じていた私の人生は、責任を放り投げて自由にやりたいことだけをやろうとする自分と、人生を思うように創造する神のようになりたい自分とが、常に葛藤していたからだった。

義父との合作?作品

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(25)龍神

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月15日

 

(25)龍神

 

 不思議な現象はもう一つあった。桜が降る5,6年前、祭りの前の掃除を終えて高龗神社から下ろうとしていたとき、姪が大きな声で「あっ!龍がいる!」と叫んだ。指さす方向を見ると、本当に龍がいた。皆、興奮して口々に「龍がいる!」といい合った。近くにいって下から見ると、それは枯れた松の枝の先が、本殿から眺めると、龍そっくりに見えるのだとわかった。

 

 

 

 

 人は神の子、内側に神性を持っている、アセンションして誰もがその神の力を発揮して人生を思うように創造していく時代が始まるのだから、神社は必要なくなる。もしかしたら、神社にある鳥居は神を閉じ込めておくための結界なのかもしれない。当時そう思っていた私は、「神社に閉じ込められていた龍神が外界へ飛び立とうとしている」と感じたものだった。そして、桜が降った一か月後頃、強風が吹き荒れた一夜が明け、その龍に見えた枝が折れて落ちた、と聞いたとき「龍が放たれた!」と確信したのだった。

 その頃の私は、神社を継がず、人に明け渡す行動にでる決心をしても、「本当にこれでいいのだろうか?」と日夜悩み続けていた。桜が降っても、龍神が空に放たれた!と確信しても、一方で心は常に揺れ動いていた。このままいけば自分の故郷も、その歴史も消えていくことになる。それが何よりもつらかった。

 よく眠れない日が続いていたころ、朝方印象的な夢を見た。夢の中で自分の育った里があっという間に木々に覆われていく様を見ていた。心の中で「寂しい」とつぶやくと、「元の姿に戻るだけ」という声が返ってきた。「そうか。元の状態に戻るだけなのか。」と、妙に納得し、目覚めたのだった。それ以来迷いがなくなり、神職を辞すために行動する決心が決まったのだった。

 今考えてみれば、フラクタル心理学を知る前は、脳は気がつけば受け身の思考パターンになっていた。「いつも(邪魔者に)される」「どうせ(いらない子)なんだ」。()の中身は人それぞれだが、このパターンの中に毎回登場人物を当てはめては自分を憐れむ受け身の人生を生きていた。だが、フラクタル心理学を知ってからは、この受け身の思考パターンを修正することで、誰も憐れむ必要がない能動的な人生に少しづつ変えてきた。すると、面白いことに脳が自分で答えを出し始めるという感覚に何度も陥るのだ。「ああ、そういうことか!」この感覚を得る度に、脳にとっては受け身ではなく能動的な方が自然(あるべき状態)なのだな、と納得するのだった。

 

 

 ところで、不思議な現象を創り出す思考とは、フラクタル心理学で考えるとどういうことだろうか?当時の私は、神とは超常的な存在で、どんな不可能なことでも出来ないことは何もないと思っていたのだ。だからアセンション(次元上昇)すれば、自分が魔法の様に願い通りの人生をあっという間に創り出せる存在になると思っていた。(実際は、時間をかけて思考を貯め、法則通りに現実化する。そのルールを知って使いこなすようになるということなのだ。)だから、もうすぐアセンションするぞ!するぞ!と思考すればするほど不思議現象を創り出していたのだった。

 不思議を創り出す人は、自分は特別な存在だと周囲からも思われたい欲求が強い。だが、社会で特別な存在になって尊敬を得るには、社会に通用する(お金になる)能力をコツコツと身に付ける必要がある。それには人の下について学ぶ必要があり、時間もかかり、労力も忍耐もいる。元来特別だと思っている人にとっては、苦手なことばかりなのだ。だから、手っ取り早く不思議現象を創り出して、今のままで周囲から特別扱いされ、敬われようとするのだ。

 だが、この不思議思考も最初のうちは狙い通りの結果を得られるが、いき過ぎる(思考の量が増えすぎる)とマイナスの結果を生むようになる。例えば、霊能者と呼ばれるような人は、最初のうちは病気を治してもらったとか、事故を未然に防いでもらえたなどと感謝されるが、やり過ぎると必ず裏を見ることになる。外側に「なんて嫌な奴なのだ!」といいたくなる人を見るようになったら、その時が止め時なのだが、やめることが出来ないと必ずトラブルに見舞われ、自分自身が制御出来ない力を畏れ(恐れ)、従わざるを得なくなっていく。自分には特別な力があると周囲に信じ込ませ、畏れ(恐れ)させることで人を従わせようとする行為は、思考のエッセンスにすれば「傲慢」であり「怠慢」なのだ。自分の未来は、抽象化された思考のエッセンスで創造され、過去に人に与えた感情を次は自分が味わうことになるのだ

 すべての思考は法則に従って現実化するだけなので、傲慢な人には傲慢が返って来るし、怠慢な人には怠慢が返って来る。返って来るとは、「なんて○○なのだ!!」といいたくなる相手が現れ、苦しめられるということなのだ。これ以上苦しめられたくないと思うのなら、相手に言いたいことを自分が止めればいいだけなのだが、思考を抽象化し、エッセンスに戻す能力がないと、どこで自分が同じことをやっているのか、見つけだすことが出来ないのだ。

 この受け身の思考ルートは、もともとは本来やるべきことから逃げるために、外側に敵をつくって、逃げる自分を正当化したことから始まっているので、上に従って、本来やるべきこと(コツコツと能力をつける)を素直にやる自分にならない限り、問題は次々と湧きおこることになる。心の底でこの誤魔化しに気がついているので、戦いを続けるかぎり深層意識の中に罪悪感が貯まり続ける。この罪悪感が自分を苦しめ、不幸をつくりだす種なのだが、インナーチャイルドが戦いを止めることは、自分の負けを認めて、怠慢、傲慢な自分に向き合わなくてはならなくなるということなのだ。

 深層意識のインナーチャイルドを方向転換させることが出来、罪悪感から解放させられるのは、表層意識の自分だけである。だが、思考の現実化の法則を知らない無知な表層意識では、自分(創造主)の夢を叶えるエネルギーであるインナーチャイルドの信頼を得ることも、納得させることも出来ない。インナーチャイルドの納得が得られなければ、どんなに叶えたい夢があってもそこに向かってエネルギーを使うことが出来ないのだ。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(24)罪悪感

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月02日

罪悪感

 

 父が亡くなる7,8年前に不思議な現象に遭遇した。当時私は、「自分は父の為といいながら、実際は父に復讐したいだけなのではないか?」と感じ、焦り始めていた。父が亡くなる前に、必ず自分の中にある父に対するマイナーな想いをひっくり返してみせる、と思っていた。その頃スピリチュアルの世界では「アセンション」について書かれた本が盛んに出回り始めていた。私もそういう本を貪るように読んでは、アセンション(次元上昇)して父への想いを昇華出来るはずだと信じていたころだった。

 それは、同じ出雲の学校を卒業して神職の資格をとった甥(亡くなった長女の忘れ形見)と一緒に実家の神社のご神体の一つ、三の降り(滝)で龍笛という横笛を吹いていた時のことだった。季節外れにも関わらず桜の花びらが滂沱と降ってきたのだ。滝の淵の、木々に覆われて薄暗い中で、木漏れ日に光りながらひらひらと舞い落ちてくる桜の花弁を「なんて美しいのだろう!」と思いながら龍笛を吹いていた。「そういえば今年、福山城に花見に行ったときは桜吹雪だったなあ。あれもきれいだった。」とそこまで考えてハッと我に返った。それはもう一か月以上も前のことで、季節はすでに青葉茂れる初夏に入っていることに気がついたのだ。じゃあ、この桜の花びらはどこから落ちてきているのだ?と見上げても、見渡す限り桜の木は見当たらず、若葉が茂る木々の間からわずかに青空が見えるだけなのだ。

「ねえ、この桜の花びらはどこから落ちてきていると思う?」と思わず甥に声を掛けると、甥も笛を置いてしばらく不思議そうに見上げていたが、すぐに立ち上がって、走って桜の木を探し始めた。散々周囲を走りまわって息を切らせて帰ってきた甥は、「桜の木なんか1本もないよ!」といった。私達は、もう今は降ってはいないが、滝の淵にたまった桜の花びらを、声もなく茫然と眺めるしかなかった。

 家に帰って父に確認しても、三の降りの周辺に桜の木はない、といっていたが、その後も年が変わると、桜の開花前後にあわせて何度か足を運んで、桜の木がないか確かめに行ったものだった。信じがたい不思議な体験だった。

 

 私はこの現象の意味を、甥と一緒にいたせいか、亡くなった長姉が「これでいい!」と背中を押してくれたと感じていた。なので「必ずアセンション(次元上昇)出来る!だったら私は神職を辞めて、次は次元上昇の橋渡しをする仕事をするのだ!」と心に決めたのだった。

 そこから先は迷うことなく神職の仕事を引き継いでもらえる人を探し、地域の神社関係者に、私が神職を辞めることを理解して頂く為に動き始めたのだった。父は、「神職を辞めることは絶対に出来ないよ。自分も若い頃は辞めたくて仕方なかったが、結局辞めることは出来なかった。」とよく私にこぼしていた。確かに当時は難しく思われたが、私の決意は固く、父が動けなくなり神職を退くと同時に、私も周囲と摩擦を起こすことなく、なんとか神社を次の神職に引き渡すことが出来たのだった。

 

 この時はもの凄い安堵感を得ることが出来たが、父や先祖に対しては、申し訳ない!という気持ちでいっぱいだった。そう感じる度に「必ず将来次元上昇の橋渡しを仕事にして、日本中を飛び回って活躍します!」と心に誓い、決意を固めるのだった。

 父が亡くなる前、滅多に褒めない父が病院のベッドの上で「お前の良いところは、決めたことは信念を持ってやり遂げることだ」と言ってくれた。意外だった。絶対に出来ないと思っていた神職を辞めたことを言っているのだとしたら、父は長女を嫁に出したときに、子どもに実家を継がせることを半分諦めていたのかもしれない。もしかしたら、女の子しか産まれなかったと分かったときに、すでにそう思っていたのかもしれない。それは、父と一緒に仕事をするようになってからも時々言葉の節々にふっと感じてきたことでもあった。その度に少なくとも父は、私が父の神社を引き継がなくても、「先祖に申し訳ない!」と切腹したくなるほど落胆はしないようだと安堵したものだった。

 

 

 父が亡くなったとき、私はまだアセンションといえるものに出会っていなかった。父が亡くなる前に絶対に出会い、心から父に感謝出来ると思っていた私は、父の死に直面し、茫然自失してしまった。自分の内側には神がいると信じていたのに、その信念がガラガラと足元から崩れていくようだった。このまま何事もなく日々が過ぎていくだけならば、父や先祖に申し訳なく、自分が生きている意味がないとさえ感じていた。

  その半月後にフラクタル心理学に出会い、「これだ!ついに出会った!やはり私の中に神は存在した!!」と感じたときの安堵感と感動は、言葉にできないくらい大きなものだった。なぜ、父が生きている間に出会えなかったのだろう?という疑問も、フラクタル心理学を勉強するうちに理解できたのだった。

 それは、傲慢な自分に向き合うことが出来ないからだ。今では過疎集落といえども、何百年も続いた神社の神主の娘を現実化した私は、生まれながらに「自分は特別」という色眼鏡をかけているようなものなのだ。「生まれながらに特別」という思考は、あたり前に人を見下し、努力をしようとしない。自分の傲慢さに気がつくことが出来ないのだ。緑色の色眼鏡をかけて生まれ、いつもそれで世界を眺めていれば、自分が緑色の世界にいることにすら気が付けない。あたり前の思考とはそういうものなのだ。

 だが、それではフラクタル心理学を理解することは出来ない。一旦自分が掛けている色眼鏡を外し、ありのままの現実を見ることが出来ないと、世界を創り変えられないからだ。一度外すことさえできれば、あとはどんな色の眼鏡をかけるか自分で好きなように選べばいい。そうすれば、そこから色々な色の人生を楽しむことが出来るのだから。

 もし、父が生きていたら、傲慢な私には自分が色眼鏡をかけていることを認めることが出来なかっただろう。依存や傲慢が強いと、外側から変われと言われても、受け入れ難いものなのだ。大袈裟にいうなら「無礼者!拙者をなんと心得る!!この印籠が目に入らぬか!?」というくらいの感情が動くのだ。父は自分の死によって、傲慢な私の鼻をへし折って、小さくなることを教えてくれたのだった。

 そう考えると、自分のそれまでの人生のすべてが、フラクタル心理学に出会い、この理論を理解する為には必要だったのだと、今では完璧に理解出来る。

 

「天変地異が起こる」という父の言葉が印象に残ったのも、自分の中の罪悪感のせいだと気がついた。それはいまもまだ、自分が日本中を飛び回って活躍する!といえる状態になれないからだ。もっと家族で楽しく生活を楽しみたい、忙しいのは嫌、自信がない、、、なかなか前に進めない感情を罪悪感で誤魔化そうとしているからだ。罪悪感が貯まれば、自分を滅ぼそうとする。それが大災害を現実化する思考につながるのだと、今になってやっと気がつくことが出来たのだった。

 

桜が降った三の降りの淵

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(23)復讐

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年03月26日

 

 復讐

「古事記の舞台はここにある」

 晩年父が、神職ならだれもが祭りで使う「大祓」という祝詞について印象深いことを言っていたことを思い出した。それは、「大祓」の祝詞は、素戔嗚命は善い行いもたくさんされたのに、皆で悪者扱いして懲らしめる内容になっている、というものだ。この部分が父から見て感情が動く箇所なのだ。内容のどこに興味を持ち、どう意味付けるかで、その人の持っている思考パターンがわかる。

 古事記を読むと、天照大御神と素戔嗚尊は姉弟関係になる。天皇は男系と決まっているのに、何故皇祖神は女性なのだろうかと思ったことはないだろうか?

 フラクタル心理学では脳にはヒエラルキーがあるという。それは社会のヒエラルキーと相似形になっている。なので、ヒエラルキーを守らないと社会で活躍しようと思っても問題が起きて上手くいかない。

 古事記の冒頭、神代の記述の中では、何故かヒエラルキーが逆転しているように見える。姉の天照大御神が弟の素戔嗚命より上に位置して天を治め、素戔嗚命は地上を治めている。早くに亡くなった母を恋しがる素戔嗚が、姉に会いに天に昇って大暴れした為に、姉神は天の岩戸にお隠れになる。岩戸からでてこられたこころ優しい姉神の許しを得て心を入れ替えた弟神は、地上に戻ってその後は良い行いをしたことになっている。男兄弟の末子である大国主命も、嫉妬した兄たちに何度も殺されそうになるが、心やさしい性分のお蔭で周囲に助けられて難を逃れ、ついに兄を差し置いて国を素戔嗚命から引き継いで治めることになる。だが、その国も、後に天から降りてきた天照大御神の子ども(天皇につながる系譜)に引き渡しを要求され、最終的に手渡すことになる。

 

 

 神代の話を、姉兄弟のエッセンスに戻して考えると、完全にヒエラルキーが逆転しているのがわかる。

 私の父は長男だが、上に姉が3人おり、父の子どもの頃の乱暴ぶりをよく伯母様方から聞かされていた。私が小学生に上がる前、姉達と母が団結して、食事時になると父と争っていたようにも感じていた。それを見ながら、父が一人ぼっちに思えて、可哀想だと思っていたのだ。

 父は、自分の置かれた立場を素戔嗚命と重ねて見ていたのではないか。

 そう言いたいとしたら、それは私の思考なのだ。つまり、私が父を素戔嗚尊に重ねて見ていたのだ。

 私の頭の中のヒエラルキーが逆転していたので、横暴で自分勝手な父(子どもの自分にはそう見えた)を散々頭で批判して、父を一人ぼっちにするような現実を創ったのだ。そして、父を可哀想だと思うことで、それを望んで現実化した自分を誤魔化しているに過ぎない。優しいとか可哀想という気持ちは、深い部分にある真逆の感情を誤魔化し、自分を美化できる便利な言葉なのだ。文字通りに受け取ると未来で裏切られる。

 神職の資格まで取って家を継ぐといいながら、結局父の期待を裏切り、結婚して家を出て、最終的に父が持っていた神社をすべて人手に渡してしまうのだから、これは父への裏切り以外の何物でもないだろう。

 だから、生涯に渡って父に「古事記の舞台はここにある!」と狂ったように言わせ続けていたのかもしれない。ヒエラルキーの逆転した現実がここにある!と未来の自分が父に言わせ続けていたのではないか。

 

 生長の家で「親に感謝出来ない者はこの世で幸せになれない」と知り、自分ながらに一生懸命そのことにこだわり続けたつもりだったが、父が亡くなるまで、私はまだ心から父に感謝出来ていないと深い心でわかっていた。もしかしたら私は父に復讐したいのかもしれないと何度も感じたものだった。でも、そうならないようにしようと思っているのに、どうしても結果的にはそっちに行く現実しか選べないのだ。それが子どものときに創った感情の思考パターンのせいだとは勿論わかるはずがなかった。表層意識と深層意識がまったく別の脳で、自分の中に表層の自分とは別のことを考えている自分が何人もいるとは知らなかった。父を悪者にする目的は、父から母を独占し、自分の為だけに召使の様に母を使いたいという、視野の狭い身勝手で独占欲の塊のような子どもの自分がいることに気づけなかった。自分が本当に避けているのは責任をとることだとも気づくことが出来なかった。もちろん深層意識の思考パターンを変える方法も知らないから、いくら変えようとしても変わらないということすらわからなかった。

 だが、父が亡くなるまでには必ず見つける!そういうものに絶対に出会うはずだ!と固く信じていたのも事実だった。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(22)もう一つの「葦原中つ国の物語」1

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年03月18日

 

もう一つの「葦原の中つ国の物語」

 

 このグログを書く前から、私には一つ大きな疑問があった。それはフラクタル心理学を勉強するずっと前から不思議に感じていたことだった。思考は現実化する!100パーセント例外なく!ということを知っている今の自分なら答えを出せるはずだと自分なりに何度かこころみたが、スッキリとせず、その後も同じような現象が続いた。だが、このブログを書き始めるとすぐに気がついたのだった。この疑問の答えを得る為に私はこのブログを書いているのだと。何度も同じ言葉を繰り返し言っていた父は、実は未来の私だったのだと実感したのだった。

 

 出雲の神職養成学校から帰ってから暫くすると、父が盛んに古事記の話をするようになった。古事記の舞台「葦原の中つ国」はここ備後地方のことで、須佐之男命や大国主命が活躍されたのはこの地が舞台だというのだ。それは各地に残った地名や神社の祭神やその由来からもわかる、というものだった。それを聞く度に「なにを藪から棒に父はいいだしたのだ?そもそもあれは神話じゃないか。史実じゃないだろう?例え史実だとしても証明出来ないものを、いくらいっても仕方がないじゃないか。」と思ったものだった。

 父にしてみれば、私が中学のとき出合ったあの霊能者や大学教授から聞いた言葉がずっと頭に引っ掛かり、古事記を何度も読み直し、地元に残る古い文献や、地名や、いい伝えと照らし合わせて得られた結論だったのだが、そんなことは知らない私は、父が突然何かに憑かれたかのように突飛なことを言い出したと感じたものだった。しかもそれは、家族だけにとどまらず、祭りに出向く度に氏子の方々の前で何度も繰り返し言うようになった。果ては祭りの途中で延々と古事記の冒頭を諳んじるようになったので、父の後ろで正座して畏まっている私は、足が痺れてたまったものではなかった。「祭りが長すぎる!」とその都度父に文句を言ったものだ。

 

 結局父は、ついに本を自費出版し、亡くなる寸前まで続きを書いてまた本にすると言い続けた。そして、亡くなった後も別の人物から同じようなことを繰り返し聞かされることになるのだった。

 その人物とは、父が亡くなる2,3年前に偶然出会い、父の唱える説に賛同され親交が生まれたのだった。歴史に詳しい地質学の専門家で、校長から教育委員会まで務められた立派な経歴の持ち主だった。父が亡くなってからも父以上の情熱を持って、ここが古事記の舞台だと誰彼となく会えば話されるのだ。その方の説は、ついに有名なアニメ監督(私は知らなかったが、当時高校生の子どもに聞くと、同級生で知らないものはいない!と興奮していた。)に原作として取り上げられて、すでにアニメ化されている。その方には、会うたびに「ここが古事記の舞台」ということだけでなく、永遠の命、もうすぐ昼と夜がひっくり返る、古い時代の都は周辺の地形と地名が相似形になっている、など、今のフラクタル現象学にもつながるようなことを繰り返し聞いていたのだった。

 

 父が亡くなった後にも「それがどうしたというのだ?だからって現実に何の意味もないだろう?それが史実だと証明できないことを言ってみてもしょうがないじゃないか。」と思わされ続けたということは、つまり、それは自分の思考パターンだということなのだ。おそらく、子どもの頃の私は、自分に理解できないことは意味がないこととしてとり合わないことに決めていたのだろう。算数も物理も社会も、学ぶたびに「これが現実になんの役に立つのだ?意味がないだろう。」と感じていたに違いない。このパターンは、修正しない限りどんな学びも深まらず、未来に活かすことは出来ない。だが、修正すれば過去の学びを未来へ活かすことが出来るのだ。

 

 

 

改めて、父が主に繰り返し言っていた、私にとって特に印象深い言葉は

 

ここが古事記の舞台

もうすぐ天変地異が起こる

 

というものだった。

 古事記の舞台の記述と中国地方の地名が重なると父はよく繰り返し言っていたが、今の備後府中から福山にかけては「穴の海」と呼ばれる海だったという。穴の海は地元の古い文献の中に地図としても残っている。そこから父は、過去に大きな天変地異が起き、地形が大きく変わったのだろうと推測した。そして、その天変地異は近いうちに繰り返されるだろうと予言し、周囲に言い続けていたのだ。

 

 この「もうすぐ天変地異が起きる!」が自分の思考だとしたら、修正しない限り、天変地異を起こしたい自分の思考が存在するということになる。思考が貯まれば現実化するのだ。実際、最近は毎年のように地元にも災害が起き、その規模は年々大きくなってきていることに不安を感じていたのだった。

 

父の本にある「穴の海」の地図(古い時代の福山市から府中市にかけて)

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(21)場の神様

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年03月03日

 

場の神様

 

 現実逃避は私の感情脳がつくった思考パターンだった。嫌なことがあるとすぐに空想に逃げていた子どものときの癖が、大人になってもそのまま嫌なことから逃げる思考パターンになり、いつも無意識の領域で動いていた。だがここに来て、生長の家の教えから、自分の心の目の曇りを払うことでしか嫌なことからは逃れられないとわかっていた私は、少しずつ現実に立ち向かう覚悟を決めるしかなかった。

 神職の学校に入ってから後は「生長の家」の組織からは遠のいていた私だったが、教祖が書かれた本「生命の実相」だけは苦しい時は何度も読み返していた。

 当時一番苦痛だったのは、自分が神職として扱われることだった。神職になるとそれに相応しい立ち振る舞いが求められる。感情脳が理性脳より優位にたっている私には、それは自分らしい生き方ではないと感じられるのだ。神職らしく振る舞うことは、感情の自分に嘘をつくことになる。それでは世間に嘘をつき、見栄を張っていることになると感じるのだ。それは子どもの私が父に下してきた評価でもあった。

「感情を殺した父(子どもの自分にはそう見えた)は自分に正直ではなく、嘘をついて見栄を張っている。嘘つきの父は神職には相応しくない。」と思ってきたから、自分が父と同じ立場になると人からそう思われると感じ、怖くなるのだ。

 

 これは感情脳優位な人の特徴ともいえる。感情的な自分が本当の自分だと思うので、理性的な大人の脳を優先している人が自分の感情に正直ではない嘘つきに見える。なので、なかなか理性脳の言うことを聞けず、いつも感情的な自分のほうを優先してしまうのだ。そのせいでいつまでたっても大人としての理性的な行動を選ぶことが出来ない。

 だがこれは、知識も経験も足りない自分が、努力や責任をとることから逃げようとする感情脳の誤魔化しに過ぎないのだ。実際、神職としての立場を長いあいだ経験してきた父は、神様の名前から神事に関してとてもよく勉強しており、氏子のどんな質問にも答え、信頼されていた。私が聞かれて答えられないことは、父に聞けばすぐに答えを得ることが出来た。

 要するに私は、まだ知識も経験も足りない自分への周囲からの評価を恐れているだけなのだ。こればかりは経験や勉強を重ねて自分に能力をつけるしか解決の道はないのだが、それをしたくない感情脳は、なんだかんだと逃げる為の屁理屈を考えるのだ。

 

 このときも生長の家の「人は神の子」という考え方はとても役立った。周囲の人が全て神なら、そう見えない自分に問題があるということだ。いくら人の顔色を伺っても意味がない。自分が置かれた場に意識を集中して動ければ、周囲とも調和出来るはず。そう考えた私は「場の神様の為に働く!」と決め、余計な感情を動かさずその場で求められていることに意識を集中して動くようにすると、しだいに自分がどう思われているかが気にならなくなり、神社の総代(世話役)の方々にも馴染んで神職の仕事が面白くなっていった。

 

 

巫女舞を秋の大祭で舞うようになり、人前で行動する度胸がついた。

 

 

邪神はたくらみ龍神は斬る (20)八方塞がり

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年02月18日

八方塞がり

 

 出雲大社にある神職養成学校で正階という資格を取得して卒業した私は、早速父の持ち神社の一つに祢宜という役職で登録し、仕事を手伝い始めた。だが、田舎の神職の仕事は、秋祭りのシーズン以外は仕事量が少なく、すぐにアルバイトを転々とすることになった。ファイナンス会社の出向社員から洋服販売、洋服直し、会社事務員など様々な職種を経験しながら、その合間で神職の仕事を手伝うのだった。

 そのうち、自分はとんでもなく間違った選択をしたのではないかと後悔し始めた。神職の仕事は、子どもの頃漫画家になる未来を描いていた私には、あまりにも窮屈だった。それは毎回決められたことを繰り返すだけで、昔からのやり方を延々と未来へ繋いでいくことに価値があり、そこに新しいものを入れることなど許されなかった。仕事以外の場でも神職としての立ち振る舞いが厳しく求められているのが肌で感じられ、息苦しくて仕方がなかった。しかも、祭りの場に同僚と呼べる存在はおらず、孤独だった。祭りに関わる地域の総代さん方は、社会で立派に活躍されたのち定年を迎えられた、父と同じ年代か、もっと上の世代の方々が選ばれ、女性は一人もいなかった。そういう方々から「禰宜さん」と呼ばれ、知識も経験も乏しく、やり方もまだよくわからなくても一端の神職として扱われた私は、次第に神社に行くこと自体が苦痛になっていった。かといって今更漫画家を目指す勇気も、気力もないのだった。父の仕事を手伝えば手伝うほど、父がやってきたことの大変さが身に染みてわかるようになった反面、この仕事を続けていくのが嫌で仕方がなくなっていった。

 どんな仕事でもそうだが、立場というものがある。その立場を、覚悟を決めて全うすることこそ責任をとることなのだが、この責任をとることが、精神的に未熟な私には苦痛でしかたがなかったのだ。フラクタル心理学では、社会で責任をとることこそが収入につながるという。つまり、重い責任をとっている人ほど、沢山の収入を得られるというのだが、精神が子どもであればあるほど、責任をとるという意味がわからない。子どもは何の責任も取る必要がないからだ。だが親は、親になった瞬間から責任をとっている。子どもの将来を見据え、どう接するべきか、何を与えようかと、常に考えている。何か子どもにあればもちろん親の責任になる。そんなことは親にとっては当たり前なのだが、この、あたり前のこととして責任をとっていることが、心を鍛え、強くしていく。

 責任がとれない者ほど傷ついたと大声で主張するのが当然だと思っている。それは心がまだ弱いからだ。なんの責任も取っていない者ほど、心は弱いままだ。ちょっとのことでも心は豆腐のように震え、傷ついてしまうのだ。だが、責任をとる立場に立てば、心は強くなる。それはいちいち傷ついていられないからだ。傷ついたとしても誰も変わってくれなければ、同情もしてくれない。次から次へとやるべき仕事はやってくる。子育てにもそういう側面があるのだ。親になったら誰も変わってくれない。どんなに「もういやだ!」と泣き叫んでも、子どもは目の前から消えてくれない。そんな泣きたい気持ちは親になれば誰もが経験するだろう。子どもは、すぐにお腹が空いたと泣き、オムツが汚れたと泣く。熱があろうが、寝不足だろうが、親の事情はお構いなしなのだ。そして、親には子どもの為に、大きくなるまでお金を稼ぐことが当たり前に求められ続けるのだ。責任をとる立場の人は、挫けそうになる度に何度も何度も覚悟を決め直し、やるべきことに取り組み続ける。子どもへの愛情があればこそ、それをあたり前に受け入れる。それが親を強くするのだが、その強さが感情の生き物である子どもから見ると、ときには冷たく感じられ、自分を否定されているような、悪いものに見えてしまうのだ。 (さらに…)

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(19)神々の出雲 感情の解放Ⅳ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年02月07日

神々の出雲 感情の解放四

 

 それまでの私は父親に対する不信感と、身近に父以外の男性がいなかったことから、男性不信が強かった。だが、出雲での生活で自尊心を少しずつ取り戻せたことと、男子生徒と男女という垣根を超え、下級生にどう向き合うかというテーマで正面から何度もぶつかり合ったことで、同じ人間として本音で向き合うことが出来るようになっていった。その経験から、「私だったらこう思うからきっとあの人もそう思うだろう。私だったらきっと嫌だからあの人も嫌な気持ちになるに違いない」と、自分の気持ちを相手に重ねて、相手を思いやることが出来るようになってきた。これは男性が自分と同じ感情を持った人間だと分かるようになってきたということなのだ。

 ということは、それまでの私は、男性を自分と同じ人間だとすら思っていなかったということなのだ。愛がないとはまさにそういうことだ。自分とは全く違う男という生き物、それは女好きで、理性に乏しく、暴力的で理解しがたい生き物。そんな失礼気まわりない評価だった。

 これは、まだ人として経験不足で、未熟だということなのだ。例えば、子どもは親に自分を重ねて思いやれない。つまり親を自分と同じ人間だと思っていないということなのだ。自分とは違う親という生き物だから、平気で傷つけるようなことを言い、行動できるのだ。そして、まさか自分の言葉に親が深く傷つくこともあるとは露ほども感じていないくせに、自分は親から散々傷つけられたと感じている。まだ親を自分と同じ人間として思いやる心が育っていないのだ。人を育てるという立場にたち、親と同じような経験を積むことによって、やっと自分の気持ちを親に重ね思いやることができるようになってくる。

 フラクタル心理学では、親に愛が持てない(思いやれない)状態を、まだ愛がない人だという。この状態だと誰と付き合っても相手に愛を見ることが出来ない。常に愛に裏切られる気がするのだ。それは、自分が愛だと信じているものが愛ではないからだ。子どもの脳(感情脳)は、その場その場の感情を満たしてくれるのが愛だと思っているのだが、そんな我儘を許す親などいない。親になればよく分かるが、子どもは本来面倒くさがりで、自分のやりたいことだけやっていたい生き物だ。子どものその場その場の感情を一々満たしていたら、とんでもなく我儘な大人に育ってしまう。だから、どんなに泣き叫んでも子どものときに我慢することを覚えさせるのだが、我慢の効かない感情脳であればあるほどそれは虐待にも等しく感じられるはずだ。だが、本当はそれこそが愛なのだ。親が愛を持って曲がりなりにも社会に適応できるように厳しく躾けてくれたからこそ、社会で感情を押し殺して働くことが出来るようになるのだから。

 もし、感情を満たしてもらうことが愛だと信じ続けるなら、「愛が欲しい!愛が欲しい!」と何歳になっても愛を探し続けることになるだろう。感情を満たすとは我儘な子どもの心を優先するということだからだ。それは周りの人間にとっては、子どもの我儘に振り回されることに等しい。だから、そのうち愛想をつかされることになる。だが、そういう人にとって、周囲の人こそ嫌になるくらい我儘な子どものように見えているはずだ。人は自分の脳の中にあるものでしか外側を見ることが出来ないからだ。自分の中にまだ親(人)を思いやる愛がなければ、周囲に愛ある人がいてもそこに愛を見ることが出来ないのだ。自分が未熟なままなら、未熟な自分自身しか投影することは出来ない。「人は鏡」といわれる所以である。

 

 出雲に来た2年前は男子生徒といがみ合うことしか出来なかった私だったが、卒業する頃には、あんなに険悪だった下級生の男子学生から、卒業後に電話で相談を受けるくらい良好な関係になっていた。だが、私が相手を思いやれるのは、まだ自分と同じか、年下の男性に限られていた。家族の責任を一心に背負い、神職として社会的責任をとっている父は、自分のことだけで精一杯の当時の私とはエネルギー差が大き過ぎて、理解出来る存在ではなかった。

 

神道ではご神前の中央には鏡が置かれる。

昔から「人は鏡」というが

フラクタル心理学理論の一元の理解が深まれば深まるほど

その意味深さに愕然とすることになる。

 

 

 
1 / 212

カウンセリングルーム「桜」
広島県福山市松永町4-32-7
TEL:090-4691-9173

Copyright © 2019 monkey-tamako,all Rights Reserved.

Top