2019年

蛇神はたくらみ龍神は斬る(26)無駄な経験はない

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月25日

 

無駄な経験はない

 父の祭りの手伝いを続けながらアルバイトを転々としていくうちに30歳近くなっていた私は、父が結婚相手にと離婚経験のある神社関係者を強引に引き合わせたことが引き金となって、当時アルバイト先で出会い、付き合っていた相手と結婚して家を出る決意をする。結婚して家を出ることは、両親だけでなく、神社関係者の期待も裏切ることになると分かっていたが、このまま意に染まない相手と結婚したとしても決して幸せになれない!自分が幸せになることが一番の親孝行になるのだ!と言い聞かせながらの結婚だった。

 だが、これも子どものときの思考パターン通りに人生を創り上げたに過ぎない。羨ましがって自分もやりたいと手を上げるが、いざやってみるとそこには自由がなく、責任が重くのしかかって来るのがわかってくると、誰かに押し付けて逃げてしまうのだ。私の人生は、このパターンを何度も繰り返しているのがわかる。

 

 夫の父親は彫刻家だった。まだ独身の頃初めて義父のアトリエを訪れたとき、「こここそ私の本来いるべき場所だ!」と感じたことを今もはっきりと覚えている。義父のアトリエは、子どもの頃から憧れていた自由と才能と創造の象徴のように感じられた。絵を描いたり、本を読んだりするのが好きで、儀式や社交儀礼が苦手だった私は、自分は生まれる場所を間違ったのだとずっと感じていたので、「本来居るべき場所にやっとたどり着いた!」と思えたのだった。

 結婚してひと月もたたないうちに、義父は待望だった日本で一番大きな美術展の審査員になり、翌年には広島県で最初の県民栄誉賞も受賞した。夫は同じ年に仕事を独立し、収入は3倍にも4倍にも増え、長男も生まれた。そこから先は、その2年後に生れた娘も加えて、毎年アジアのリゾート地でダイビング三昧の旅行を楽しむのが恒例となった。モルディブ、プーケット、グアム、サイパン、ニューカレドニア、グレートバリアリーフなど、アジアの主要なダイビングスポットにはほとんど家族4人で行き、現地で多くの方と関わり合うことができ、まさに子どもの頃の夢がすべて叶ったような生活だった。

 結婚を機に習い始めた生け花の華展では、毎年義父との合作のような作品を仕上げて出品した(それは今も続いている)。人の背を越えるような大作を作る時、義父に相談すれば、彫刻で使った残りの廃材を使って、すぐにその土台の部分をイメージ通りにつくってもらえるのだ。私が頭の中にあるイメージを義父に伝えると、義父はすぐに理解し、互いにああでもないこうでもないとイメージだけで会話しているのに、確かに同じイメージを共有していると思えることが不思議だった。

 

 気がつけば19歳の頃の自分とは比較にならないくらい幸せな生活を手に入れていた。嫁ぎ先の義父母は、天気がよいとふらっと一緒にデッサンや旅行に出かけ、私と夫の生活にあまり干渉しないので、肩の凝らない自由な家風だった。夫は真面目で優しく働き者で、私は宝物のような子どもを得ていた。

 その半面、型にはまり自由が許されない神職の仕事と、嫁ぎ先とは対照的な家風の実家とを行き来する生活に、何故私の人生はこうも両極端を行ったり来たりするのだろうと納得がいかなかった。早く神職を辞めて自由にやりたいことだけをしていたかった。35歳を過ぎてから10年間漫画家を目指したことも、神職を辞めたい一心からだったが、東京の色々な出版社に持ち込んで、たまに良い手ごたえを感じたことはあっても、結局は実力不足を痛感して諦めるしかなかった。

 今ならわかるが、もともと漫画家になって成功したい気持ちなどなかったのだから、なれるわけがなかった。人は本当に欲しいものは必ず手に入れるからだ。「なるぞ!なるぞ!」と思考すればそのうち空気のように当り前に手に入れているものなのだ。もし、10年間必死でやり続けても手に入れられていないなら、それは感情の部分では欲しくないのだ。私が漫画家を目指したのは、型にはまり、責任をとる神職の仕事を辞めて、自由にやりたいことだけをしていたかったからだ。もし漫画家になってしまえば、今度は漫画家として型にはまり、責任をとらなくてはならない。つまり、私の本当の願いは「自由にやりたいことをする」ことで、それはもう叶っていたのだった。空気のように当り前に手に入れていたので、自分では気がつくことが出来なかっただけなのだ。

 だが、10年間漫画家を目指して頑張ったことも決して無駄にはならない。それが結果的に自分のイメージ脳を鍛え、自分の中からどんな感情でもひょいと掴み上げることができる能力として、今役に立っているからだ。誰もがフラクタル心理学の理解が深まれば深まるほど、過去に頑張った経験が未来に生きてくることを実感するはずだ。どんなに嫌な出来事も、その経験が欲しいから自分で創っているのだということも。

 両極端を行ったりきたりする度に、八方塞がりのように感じていた私の人生は、責任を放り投げて自由にやりたいことだけをやろうとする自分と、人生を思うように創造する神のようになりたい自分とが、常に葛藤していたからだった。

義父との合作?作品

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(25)龍神

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月15日

 

(25)龍神

 

 不思議な現象はもう一つあった。桜が降る5,6年前、祭りの前の掃除を終えて高龗神社から下ろうとしていたとき、姪が大きな声で「あっ!龍がいる!」と叫んだ。指さす方向を見ると、本当に龍がいた。皆、興奮して口々に「龍がいる!」といい合った。近くにいって下から見ると、それは枯れた松の枝の先が、本殿から眺めると、龍そっくりに見えるのだとわかった。

 

 

 

 

 人は神の子、内側に神性を持っている、アセンションして誰もがその神の力を発揮して人生を思うように創造していく時代が始まるのだから、神社は必要なくなる。もしかしたら、神社にある鳥居は神を閉じ込めておくための結界なのかもしれない。当時そう思っていた私は、「神社に閉じ込められていた龍神が外界へ飛び立とうとしている」と感じたものだった。そして、桜が降った一か月後頃、強風が吹き荒れた一夜が明け、その龍に見えた枝が折れて落ちた、と聞いたとき「龍が放たれた!」と確信したのだった。

 その頃の私は、神社を継がず、人に明け渡す行動にでる決心をしても、「本当にこれでいいのだろうか?」と日夜悩み続けていた。桜が降っても、龍神が空に放たれた!と確信しても、一方で心は常に揺れ動いていた。このままいけば自分の故郷も、その歴史も消えていくことになる。それが何よりもつらかった。

 よく眠れない日が続いていたころ、朝方印象的な夢を見た。夢の中で自分の育った里があっという間に木々に覆われていく様を見ていた。心の中で「寂しい」とつぶやくと、「元の姿に戻るだけ」という声が返ってきた。「そうか。元の状態に戻るだけなのか。」と、妙に納得し、目覚めたのだった。それ以来迷いがなくなり、神職を辞すために行動する決心が決まったのだった。

 今考えてみれば、フラクタル心理学を知る前は、脳は気がつけば受け身の思考パターンになっていた。「いつも(邪魔者に)される」「どうせ(いらない子)なんだ」。()の中身は人それぞれだが、このパターンの中に毎回登場人物を当てはめては自分を憐れむ受け身の人生を生きていた。だが、フラクタル心理学を知ってからは、この受け身の思考パターンを修正することで、誰も憐れむ必要がない能動的な人生に少しづつ変えてきた。すると、面白いことに脳が自分で答えを出し始めるという感覚に何度も陥るのだ。「ああ、そういうことか!」この感覚を得る度に、脳にとっては受け身ではなく能動的な方が自然(あるべき状態)なのだな、と納得するのだった。

 

 

 ところで、不思議な現象を創り出す思考とは、フラクタル心理学で考えるとどういうことだろうか?当時の私は、神とは超常的な存在で、どんな不可能なことでも出来ないことは何もないと思っていたのだ。だからアセンション(次元上昇)すれば、自分が魔法の様に願い通りの人生をあっという間に創り出せる存在になると思っていた。(実際は、時間をかけて思考を貯め、法則通りに現実化する。そのルールを知って使いこなすようになるということなのだ。)だから、もうすぐアセンションするぞ!するぞ!と思考すればするほど不思議現象を創り出していたのだった。

 不思議を創り出す人は、自分は特別な存在だと周囲からも思われたい欲求が強い。だが、社会で特別な存在になって尊敬を得るには、社会に通用する(お金になる)能力をコツコツと身に付ける必要がある。それには人の下について学ぶ必要があり、時間もかかり、労力も忍耐もいる。元来特別だと思っている人にとっては、苦手なことばかりなのだ。だから、手っ取り早く不思議現象を創り出して、今のままで周囲から特別扱いされ、敬われようとするのだ。

 だが、この不思議思考も最初のうちは狙い通りの結果を得られるが、いき過ぎる(思考の量が増えすぎる)とマイナスの結果を生むようになる。例えば、霊能者と呼ばれるような人は、最初のうちは病気を治してもらったとか、事故を未然に防いでもらえたなどと感謝されるが、やり過ぎると必ず裏を見ることになる。外側に「なんて嫌な奴なのだ!」といいたくなる人を見るようになったら、その時が止め時なのだが、やめることが出来ないと必ずトラブルに見舞われ、自分自身が制御出来ない力を畏れ(恐れ)、従わざるを得なくなっていく。人には制御出来ない特別な力があると周囲に信じ込ませ、畏れ(恐れ)させることで人を従わせようとする行為は、思考のエッセンスにすれば「傲慢」であり「怠慢」なのだ。自分の未来は、抽象化された思考のエッセンスで創造され、過去に人に与えた感情を次は自分が味わうことになるのだ

 すべての思考は法則に従って現実化するだけなので、傲慢な人には傲慢が返って来るし、怠慢な人には怠慢が返って来る。返って来るとは、「なんて○○なのだ!!」といいたくなる相手が現れ、苦しめられるということなのだ。これ以上苦しめられたくないと思うのなら、相手に言いたいことを自分が止めればいいだけなのだが、思考を抽象化し、エッセンスに戻す能力がないと、どこで自分が同じことをやっているのか、見つけだすことが出来ないのだ。

 この受け身の思考ルートは、もともとは本来やるべきことから逃げるために、外側に敵をつくって、逃げる自分を正当化したことから始まっているので、上に従って、本来やるべきこと(コツコツと能力をつける)を素直にやる自分にならない限り、問題は次々と湧きおこることになる。心の底でこの誤魔化しに気がついているので、戦いを続けるかぎり深層意識の中に罪悪感が貯まり続ける。この罪悪感が自分を苦しめ、不幸をつくりだす種なのだが、インナーチャイルドが戦いを止めることは、自分の負けを認めて、怠慢、傲慢な自分に向き合わなくてはならなくなるということなのだ。

 深層意識のインナーチャイルドを方向転換させることが出来、罪悪感から解放させられるのは、表層意識の自分だけである。だが、思考の現実化の法則を知らない無知な表層意識では、自分(創造主)の夢を叶えるエネルギーであるインナーチャイルドの信頼を得ることも、納得させることも出来ない。インナーチャイルドの納得が得られなければ、どんなに叶えたい夢があってもそこに向かってエネルギーを使うことが出来ないのだ。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(24)罪悪感

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年04月02日

罪悪感

 

 父が亡くなる7,8年前に不思議な現象に遭遇した。当時私は、「自分は父の為といいながら、実際は父に復讐したいだけなのではないか?」と感じ、焦り始めていた。父が亡くなる前に、必ず自分の中にある父に対するマイナーな想いをひっくり返してみせる、と思っていた。その頃スピリチュアルの世界では「アセンション」について書かれた本が盛んに出回り始めていた。私もそういう本を貪るように読んでは、アセンション(次元上昇)して父への想いを昇華出来るはずだと信じていたころだった。

 それは、同じ出雲の学校を卒業して神職の資格をとった甥(亡くなった長女の忘れ形見)と一緒に実家の神社のご神体の一つ、三の降り(滝)で龍笛という横笛を吹いていた時のことだった。季節外れにも関わらず桜の花びらが滂沱と降ってきたのだ。滝の淵の、木々に覆われて薄暗い中で、木漏れ日に光りながらひらひらと舞い落ちてくる桜の花弁を「なんて美しいのだろう!」と思いながら龍笛を吹いていた。「そういえば今年、福山城に花見に行ったときは桜吹雪だったなあ。あれもきれいだった。」とそこまで考えてハッと我に返った。それはもう一か月以上も前のことで、季節はすでに青葉茂れる初夏に入っていることに気がついたのだ。じゃあ、この桜の花びらはどこから落ちてきているのだ?と見上げても、見渡す限り桜の木は見当たらず、若葉が茂る木々の間からわずかに青空が見えるだけなのだ。

「ねえ、この桜の花びらはどこから落ちてきていると思う?」と思わず甥に声を掛けると、甥も笛を置いてしばらく不思議そうに見上げていたが、すぐに立ち上がって、走って桜の木を探し始めた。散々周囲を走りまわって息を切らせて帰ってきた甥は、「桜の木なんか1本もないよ!」といった。私達は、もう今は降ってはいないが、滝の淵にたまった桜の花びらを、声もなく茫然と眺めるしかなかった。

 家に帰って父に確認しても、三の降りの周辺に桜の木はない、といっていたが、その後も年が変わると、桜の開花前後にあわせて何度か足を運んで、桜の木がないか確かめに行ったものだった。信じがたい不思議な体験だった。

 

 私はこの現象の意味を、甥と一緒にいたせいか、亡くなった長姉が「これでいい!」と背中を押してくれたと感じていた。なので「必ずアセンション(次元上昇)出来る!だったら私は神職を辞めて、次は次元上昇の橋渡しをする仕事をするのだ!」と心に決めたのだった。

 そこから先は迷うことなく神職の仕事を引き継いでもらえる人を探し、地域の神社関係者に、私が神職を辞めることを理解して頂く為に動き始めたのだった。父は、「神職を辞めることは絶対に出来ないよ。自分も若い頃は辞めたくて仕方なかったが、結局辞めることは出来なかった。」とよく私にこぼしていた。確かに当時は難しく思われたが、私の決意は固く、父が動けなくなり神職を退くと同時に、私も周囲と摩擦を起こすことなく、なんとか神社を次の神職に引き渡すことが出来たのだった。

 

 この時はもの凄い安堵感を得ることが出来たが、父や先祖に対しては、申し訳ない!という気持ちでいっぱいだった。そう感じる度に「必ず将来次元上昇の橋渡しを仕事にして、日本中を飛び回って活躍します!」と心に誓い、決意を固めるのだった。

 父が亡くなる前、滅多に褒めない父が病院のベッドの上で「お前の良いところは、決めたことは信念を持ってやり遂げることだ」と言ってくれた。意外だった。絶対に出来ないと思っていた神職を辞めたことを言っているのだとしたら、父は長女を嫁に出したときに、子どもに実家を継がせることを半分諦めていたのかもしれない。もしかしたら、女の子しか産まれなかったと分かったときに、すでにそう思っていたのかもしれない。それは、父と一緒に仕事をするようになってからも時々言葉の節々にふっと感じてきたことでもあった。その度に少なくとも父は、私が父の神社を引き継がなくても、「先祖に申し訳ない!」と切腹したくなるほど落胆はしないようだと安堵したものだった。

 

 

 父が亡くなったとき、私はまだアセンションといえるものに出会っていなかった。父が亡くなる前に絶対に出会い、心から父に感謝出来ると思っていた私は、父の死に直面し、茫然自失してしまった。自分の内側には神がいると信じていたのに、その信念がガラガラと足元から崩れていくようだった。このまま何事もなく日々が過ぎていくだけならば、父や先祖に申し訳なく、自分が生きている意味がないとさえ感じていた。

  その半月後にフラクタル心理学に出会い、「これだ!ついに出会った!やはり私の中に神は存在した!!」と感じたときの安堵感と感動は、言葉にできないくらい大きなものだった。なぜ、父が生きている間に出会えなかったのだろう?という疑問も、フラクタル心理学を勉強するうちに理解できたのだった。

 それは、傲慢な自分に向き合うことが出来ないからだ。今では過疎集落といえども、何百年も続いた神社の神主の娘を現実化した私は、生まれながらに「自分は特別」という色眼鏡をかけているようなものなのだ。「生まれながらに特別」という思考は、あたり前に人を見下し、努力をしようとしない。自分の傲慢さに気がつくことが出来ないのだ。緑色の色眼鏡をかけて生まれ、いつもそれで世界を眺めていれば、自分が緑色の世界にいることにすら気が付けない。あたり前の思考とはそういうものなのだ。

 だが、それではフラクタル心理学を理解することは出来ない。一旦自分が掛けている色眼鏡を外し、ありのままの現実を見ることが出来ないと、世界を創り変えられないからだ。一度外すことさえできれば、あとはどんな色の眼鏡をかけるか自分で好きなように選べばいい。そうすれば、そこから色々な色の人生を楽しむことが出来るのだから。

 もし、父が生きていたら、傲慢な私には自分が色眼鏡をかけていることを認めることが出来なかっただろう。依存や傲慢が強いと、外側から変われと言われても、受け入れ難いものなのだ。大袈裟にいうなら「無礼者!拙者をなんと心得る!!この印籠が目に入らぬか!?」というくらいの感情が動くのだ。父は自分の死によって、傲慢な私の鼻をへし折って、小さくなることを教えてくれたのだった。

 そう考えると、自分のそれまでの人生のすべてが、フラクタル心理学に出会い、この理論を理解する為には必要だったのだと、今では完璧に理解出来る。

 

「天変地異が起こる」という父の言葉が印象に残ったのも、自分の中の罪悪感のせいだと気がついた。それはいまもまだ、自分が日本中を飛び回って活躍する!といえる状態になれないからだ。もっと家族で楽しく生活を楽しみたい、忙しいのは嫌、自信がない、、、なかなか前に進めない感情を罪悪感で誤魔化そうとしているからだ。罪悪感が貯まれば、自分を滅ぼそうとする。それが大災害を現実化する思考につながるのだと、今になってやっと気がつくことが出来たのだった。

 

桜が降った三の降りの淵

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(23)復讐

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年03月26日

 

 復讐

「古事記の舞台はここにある」

 晩年父が、神職ならだれもが祭りで使う「大祓」という祝詞について印象深いことを言っていたことを思い出した。それは、「大祓」の祝詞は、素戔嗚命は善い行いもたくさんされたのに、皆で悪者扱いして懲らしめる内容になっている、というものだ。この部分が父から見て感情が動く箇所なのだ。内容のどこに興味を持ち、どう意味付けるかで、その人の持っている思考パターンがわかる。

 古事記を読むと、天照大御神と素戔嗚尊は姉弟関係になる。天皇は男系と決まっているのに、何故皇祖神は女性なのだろうかと思ったことはないだろうか?

 フラクタル心理学では脳にはヒエラルキーがあるという。それは社会のヒエラルキーと相似形になっている。なので、ヒエラルキーを守らないと社会で活躍しようと思っても問題が起きて上手くいかない。

 古事記の冒頭、神代の記述の中では、何故かヒエラルキーが逆転しているように見える。姉の天照大御神が弟の素戔嗚命より上に位置して天を治め、素戔嗚命は地上を治めている。早くに亡くなった母を恋しがる素戔嗚が、姉に会いに天に昇って大暴れした為に、姉神は天の岩戸にお隠れになる。岩戸からでてこられたこころ優しい姉神の許しを得て心を入れ替えた弟神は、地上に戻ってその後は良い行いをしたことになっている。男兄弟の末子である大国主命も、嫉妬した兄たちに何度も殺されそうになるが、心やさしい性分のお蔭で周囲に助けられて難を逃れ、ついに兄を差し置いて国を素戔嗚命から引き継いで治めることになる。だが、その国も、後に天から降りてきた天照大御神の子ども(天皇につながる系譜)に引き渡しを要求され、最終的に手渡すことになる。

 

 

 神代の話を、姉兄弟のエッセンスに戻して考えると、完全にヒエラルキーが逆転しているのがわかる。

 私の父は長男だが、上に姉が3人おり、父の子どもの頃の乱暴ぶりをよく伯母様方から聞かされていた。私が小学生に上がる前、姉達と母が団結して、食事時になると父と争っていたようにも感じていた。それを見ながら、父が一人ぼっちに思えて、可哀想だと思っていたのだ。

 父は、自分の置かれた立場を素戔嗚命と重ねて見ていたのではないか。

 そう言いたいとしたら、それは私の思考なのだ。つまり、私が父を素戔嗚尊に重ねて見ていたのだ。

 私の頭の中のヒエラルキーが逆転していたので、横暴で自分勝手な父(子どもの自分にはそう見えた)を散々頭で批判して、父を一人ぼっちにするような現実を創ったのだ。そして、父を可哀想だと思うことで、それを望んで現実化した自分を誤魔化しているに過ぎない。優しいとか可哀想という気持ちは、深い部分にある真逆の感情を誤魔化し、自分を美化できる便利な言葉なのだ。文字通りに受け取ると未来で裏切られる。

 神職の資格まで取って家を継ぐといいながら、結局父の期待を裏切り、結婚して家を出て、最終的に父が持っていた神社をすべて人手に渡してしまうのだから、これは父への裏切り以外の何物でもないだろう。

 だから、生涯に渡って父に「古事記の舞台はここにある!」と狂ったように言わせ続けていたのかもしれない。ヒエラルキーの逆転した現実がここにある!と未来の自分が父に言わせ続けていたのではないか。

 

 生長の家で「親に感謝出来ない者はこの世で幸せになれない」と知り、自分ながらに一生懸命そのことにこだわり続けたつもりだったが、父が亡くなるまで、私はまだ心から父に感謝出来ていないと深い心でわかっていた。もしかしたら私は父に復讐したいのかもしれないと何度も感じたものだった。でも、そうならないようにしようと思っているのに、どうしても結果的にはそっちに行く現実しか選べないのだ。それが子どものときに創った感情の思考パターンのせいだとは勿論わかるはずがなかった。表層意識と深層意識がまったく別の脳で、自分の中に表層の自分とは別のことを考えている自分が何人もいるとは知らなかった。父を悪者にする目的は、父から母を独占し、自分の為だけに召使の様に母を使いたいという、視野の狭い身勝手で独占欲の塊のような子どもの自分がいることに気づけなかった。自分が本当に避けているのは責任をとることだとも気づくことが出来なかった。もちろん深層意識の思考パターンを変える方法も知らないから、いくら変えようとしても変わらないということすらわからなかった。

 だが、父が亡くなるまでには必ず見つける!そういうものに絶対に出会うはずだ!と固く信じていたのも事実だった。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(22)もう一つの「葦原中つ国の物語」1

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年03月18日

 

もう一つの「葦原の中つ国の物語」

 

 このグログを書く前から、私には一つ大きな疑問があった。それはフラクタル心理学を勉強するずっと前から不思議に感じていたことだった。思考は現実化する!100パーセント例外なく!ということを知っている今の自分なら答えを出せるはずだと自分なりに何度かこころみたが、スッキリとせず、その後も同じような現象が続いた。だが、このブログを書き始めるとすぐに気がついたのだった。この疑問の答えを得る為に私はこのブログを書いているのだと。何度も同じ言葉を繰り返し言っていた父は、実は未来の私だったのだと実感したのだった。

 

 出雲の神職養成学校から帰ってから暫くすると、父が盛んに古事記の話をするようになった。古事記の舞台「葦原の中つ国」はここ備後地方のことで、須佐之男命や大国主命が活躍されたのはこの地が舞台だというのだ。それは各地に残った地名や神社の祭神やその由来からもわかる、というものだった。それを聞く度に「なにを藪から棒に父はいいだしたのだ?そもそもあれは神話じゃないか。史実じゃないだろう?例え史実だとしても証明出来ないものを、いくらいっても仕方がないじゃないか。」と思ったものだった。

 父にしてみれば、私が中学のとき出合ったあの霊能者や大学教授から聞いた言葉がずっと頭に引っ掛かり、古事記を何度も読み直し、地元に残る古い文献や、地名や、いい伝えと照らし合わせて得られた結論だったのだが、そんなことは知らない私は、父が突然何かに憑かれたかのように突飛なことを言い出したと感じたものだった。しかもそれは、家族だけにとどまらず、祭りに出向く度に氏子の方々の前で何度も繰り返し言うようになった。果ては祭りの途中で延々と古事記の冒頭を諳んじるようになったので、父の後ろで正座して畏まっている私は、足が痺れてたまったものではなかった。「祭りが長すぎる!」とその都度父に文句を言ったものだ。

 

 結局父は、ついに本を自費出版し、亡くなる寸前まで続きを書いてまた本にすると言い続けた。そして、亡くなった後も別の人物から同じようなことを繰り返し聞かされることになるのだった。

 その人物とは、父が亡くなる2,3年前に偶然出会い、父の唱える説に賛同され親交が生まれたのだった。歴史に詳しい地質学の専門家で、校長から教育委員会まで務められた立派な経歴の持ち主だった。父が亡くなってからも父以上の情熱を持って、ここが古事記の舞台だと誰彼となく会えば話されるのだ。その方の説は、ついに有名なアニメ監督(私は知らなかったが、当時高校生の子どもに聞くと、同級生で知らないものはいない!と興奮していた。)に原作として取り上げられて、すでにアニメ化されている。その方には、会うたびに「ここが古事記の舞台」ということだけでなく、永遠の命、もうすぐ昼と夜がひっくり返る、古い時代の都は周辺の地形と地名が相似形になっている、など、今のフラクタル現象学にもつながるようなことを繰り返し聞いていたのだった。

 

 父が亡くなった後にも「それがどうしたというのだ?だからって現実に何の意味もないだろう?それが史実だと証明できないことを言ってみてもしょうがないじゃないか。」と思わされ続けたということは、つまり、それは自分の思考パターンだということなのだ。おそらく、子どもの頃の私は、自分に理解できないことは意味がないこととしてとり合わないことに決めていたのだろう。算数も物理も社会も、学ぶたびに「これが現実になんの役に立つのだ?意味がないだろう。」と感じていたに違いない。このパターンは、修正しない限りどんな学びも深まらず、未来に活かすことは出来ない。だが、修正すれば過去の学びを未来へ活かすことが出来るのだ。

 

 

 

改めて、父が主に繰り返し言っていた、私にとって特に印象深い言葉は

 

ここが古事記の舞台

もうすぐ天変地異が起こる

 

というものだった。

 古事記の舞台の記述と中国地方の地名が重なると父はよく繰り返し言っていたが、今の備後府中から福山にかけては「穴の海」と呼ばれる海だったという。穴の海は地元の古い文献の中に地図としても残っている。そこから父は、過去に大きな天変地異が起き、地形が大きく変わったのだろうと推測した。そして、その天変地異は近いうちに繰り返されるだろうと予言し、周囲に言い続けていたのだ。

 

 この「もうすぐ天変地異が起きる!」が自分の思考だとしたら、修正しない限り、天変地異を起こしたい自分の思考が存在するということになる。思考が貯まれば現実化するのだ。実際、最近は毎年のように地元にも災害が起き、その規模は年々大きくなってきていることに不安を感じていたのだった。

 

父の本にある「穴の海」の地図(古い時代の福山市から府中市にかけて)

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(21)場の神様

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年03月03日

 

場の神様

 

 現実逃避は私の感情脳がつくった思考パターンだった。嫌なことがあるとすぐに空想に逃げていた子どものときの癖が、大人になってもそのまま嫌なことから逃げる思考パターンになり、いつも無意識の領域で動いていた。だがここに来て、生長の家の教えから、自分の心の目の曇りを払うことでしか嫌なことからは逃れられないとわかっていた私は、少しずつ現実に立ち向かう覚悟を決めるしかなかった。

 神職の学校に入ってから後は「生長の家」の組織からは遠のいていた私だったが、教祖が書かれた本「生命の実相」だけは苦しい時は何度も読み返していた。

 当時一番苦痛だったのは、自分が神職として扱われることだった。神職になるとそれに相応しい立ち振る舞いが求められる。感情脳が理性脳より優位にたっている私には、それは自分らしい生き方ではないと感じられるのだ。神職らしく振る舞うことは、感情の自分に嘘をつくことになる。それでは世間に嘘をつき、見栄を張っていることになると感じるのだ。それは子どもの私が父に下してきた評価でもあった。

「感情を殺した父(子どもの自分にはそう見えた)は自分に正直ではなく、嘘をついて見栄を張っている。嘘つきの父は神職には相応しくない。」と思ってきたから、自分が父と同じ立場になると人からそう思われると感じ、怖くなるのだ。

 

 これは感情脳優位な人の特徴ともいえる。感情的な自分が本当の自分だと思うので、理性的な大人の脳を優先している人が自分の感情に正直ではない嘘つきに見える。なので、なかなか理性脳の言うことを聞けず、いつも感情的な自分のほうを優先してしまうのだ。そのせいでいつまでたっても大人としての理性的な行動を選ぶことが出来ない。

 だがこれは、知識も経験も足りない自分が、努力や責任をとることから逃げようとする感情脳の誤魔化しに過ぎないのだ。実際、神職としての立場を長いあいだ経験してきた父は、神様の名前から神事に関してとてもよく勉強しており、氏子のどんな質問にも答え、信頼されていた。私が聞かれて答えられないことは、父に聞けばすぐに答えを得ることが出来た。

 要するに私は、まだ知識も経験も足りない自分への周囲からの評価を恐れているだけなのだ。こればかりは経験や勉強を重ねて自分に能力をつけるしか解決の道はないのだが、それをしたくない感情脳は、なんだかんだと逃げる為の屁理屈を考えるのだ。

 

 このときも生長の家の「人は神の子」という考え方はとても役立った。周囲の人が全て神なら、そう見えない自分に問題があるということだ。いくら人の顔色を伺っても意味がない。自分が置かれた場に意識を集中して動ければ、周囲とも調和出来るはず。そう考えた私は「場の神様の為に働く!」と決め、余計な感情を動かさずその場で求められていることに意識を集中して動くようにすると、しだいに自分がどう思われているかが気にならなくなり、神社の総代(世話役)の方々にも馴染んで神職の仕事が面白くなっていった。

 

 

巫女舞を秋の大祭で舞うようになり、人前で行動する度胸がついた。

 

 

邪神はたくらみ龍神は斬る (20)八方塞がり

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年02月18日

八方塞がり

 

 出雲大社にある神職養成学校で正階という資格を取得して卒業した私は、早速父の持ち神社の一つに祢宜という役職で登録し、仕事を手伝い始めた。だが、田舎の神職の仕事は、秋祭りのシーズン以外は仕事量が少なく、すぐにアルバイトを転々とすることになった。ファイナンス会社の出向社員から洋服販売、洋服直し、会社事務員など様々な職種を経験しながら、その合間で神職の仕事を手伝うのだった。

 そのうち、自分はとんでもなく間違った選択をしたのではないかと後悔し始めた。神職の仕事は、子どもの頃漫画家になる未来を描いていた私には、あまりにも窮屈だった。それは毎回決められたことを繰り返すだけで、昔からのやり方を延々と未来へ繋いでいくことに価値があり、そこに新しいものを入れることなど許されなかった。仕事以外の場でも神職としての立ち振る舞いが厳しく求められているのが肌で感じられ、息苦しくて仕方がなかった。しかも、祭りの場に同僚と呼べる存在はおらず、孤独だった。祭りに関わる地域の総代さん方は、社会で立派に活躍されたのち定年を迎えられた、父と同じ年代か、もっと上の世代の方々が選ばれ、女性は一人もいなかった。そういう方々から「禰宜さん」と呼ばれ、知識も経験も乏しく、やり方もまだよくわからなくても一端の神職として扱われた私は、次第に神社に行くこと自体が苦痛になっていった。かといって今更漫画家を目指す勇気も、気力もないのだった。父の仕事を手伝えば手伝うほど、父がやってきたことの大変さが身に染みてわかるようになった反面、この仕事を続けていくのが嫌で仕方がなくなっていった。

 どんな仕事でもそうだが、立場というものがある。その立場を、覚悟を決めて全うすることこそ責任をとることなのだが、この責任をとることが、精神的に未熟な私には苦痛でしかたがなかったのだ。フラクタル心理学では、社会で責任をとることこそが収入につながるという。つまり、重い責任をとっている人ほど、沢山の収入を得られるというのだが、精神が子どもであればあるほど、責任をとるという意味がわからない。子どもは何の責任も取る必要がないからだ。だが親は、親になった瞬間から責任をとっている。子どもの将来を見据え、どう接するべきか、何を与えようかと、常に考えている。何か子どもにあればもちろん親の責任になる。そんなことは親にとっては当たり前なのだが、この、あたり前のこととして責任をとっていることが、心を鍛え、強くしていく。

 責任がとれない者ほど傷ついたと大声で主張するのが当然だと思っている。それは心がまだ弱いからだ。なんの責任も取っていない者ほど、心は弱いままだ。ちょっとのことでも心は豆腐のように震え、傷ついてしまうのだ。だが、責任をとる立場に立てば、心は強くなる。それはいちいち傷ついていられないからだ。傷ついたとしても誰も変わってくれなければ、同情もしてくれない。次から次へとやるべき仕事はやってくる。子育てにもそういう側面があるのだ。親になったら誰も変わってくれない。どんなに「もういやだ!」と泣き叫んでも、子どもは目の前から消えてくれない。そんな泣きたい気持ちは親になれば誰もが経験するだろう。子どもは、すぐにお腹が空いたと泣き、オムツが汚れたと泣く。熱があろうが、寝不足だろうが、親の事情はお構いなしなのだ。そして、親には子どもの為に、大きくなるまでお金を稼ぐことが当たり前に求められ続けるのだ。責任をとる立場の人は、挫けそうになる度に何度も何度も覚悟を決め直し、やるべきことに取り組み続ける。子どもへの愛情があればこそ、それをあたり前に受け入れる。それが親を強くするのだが、その強さが感情の生き物である子どもから見ると、ときには冷たく感じられ、自分を否定されているような、悪いものに見えてしまうのだ。 (さらに…)

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(19)神々の出雲 感情の解放Ⅳ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年02月07日

神々の出雲 感情の解放四

 

 それまでの私は父親に対する不信感と、身近に父以外の男性がいなかったことから、男性不信が強かった。だが、出雲での生活で自尊心を少しずつ取り戻せたことと、男子生徒と男女という垣根を超え、下級生にどう向き合うかというテーマで正面から何度もぶつかり合ったことで、同じ人間として本音で向き合うことが出来るようになっていった。その経験から、「私だったらこう思うからきっとあの人もそう思うだろう。私だったらきっと嫌だからあの人も嫌な気持ちになるに違いない」と、自分の気持ちを相手に重ねて、相手を思いやることが出来るようになってきた。これは男性が自分と同じ感情を持った人間だと分かるようになってきたということなのだ。

 ということは、それまでの私は、男性を自分と同じ人間だとすら思っていなかったということなのだ。愛がないとはまさにそういうことだ。自分とは全く違う男という生き物、それは女好きで、理性に乏しく、暴力的で理解しがたい生き物。そんな失礼気まわりない評価だった。

 これは、まだ人として経験不足で、未熟だということなのだ。例えば、子どもは親に自分を重ねて思いやれない。つまり親を自分と同じ人間だと思っていないということなのだ。自分とは違う親という生き物だから、平気で傷つけるようなことを言い、行動できるのだ。そして、まさか自分の言葉に親が深く傷つくこともあるとは露ほども感じていないくせに、自分は親から散々傷つけられたと感じている。まだ親を自分と同じ人間として思いやる心が育っていないのだ。人を育てるという立場にたち、親と同じような経験を積むことによって、やっと自分の気持ちを親に重ね思いやることができるようになってくる。

 フラクタル心理学では、親に愛が持てない(思いやれない)状態を、まだ愛がない人だという。この状態だと誰と付き合っても相手に愛を見ることが出来ない。常に愛に裏切られる気がするのだ。それは、自分が愛だと信じているものが愛ではないからだ。子どもの脳(感情脳)は、その場その場の感情を満たしてくれるのが愛だと思っているのだが、そんな我儘を許す親などいない。親になればよく分かるが、子どもは本来面倒くさがりで、自分のやりたいことだけやっていたい生き物だ。子どものその場その場の感情を一々満たしていたら、とんでもなく我儘な大人に育ってしまう。だから、どんなに泣き叫んでも子どものときに我慢することを覚えさせるのだが、我慢の効かない感情脳であればあるほどそれは虐待にも等しく感じられるはずだ。だが、本当はそれこそが愛なのだ。親が愛を持って曲がりなりにも社会に適応できるように厳しく躾けてくれたからこそ、社会で感情を押し殺して働くことが出来るようになるのだから。

 もし、感情を満たしてもらうことが愛だと信じ続けるなら、「愛が欲しい!愛が欲しい!」と何歳になっても愛を探し続けることになるだろう。感情を満たすとは我儘な子どもの心を優先するということだからだ。それは周りの人間にとっては、子どもの我儘に振り回されることに等しい。だから、そのうち愛想をつかされることになる。だが、そういう人にとって、周囲の人こそ嫌になるくらい我儘な子どものように見えているはずだ。人は自分の脳の中にあるものでしか外側を見ることが出来ないからだ。自分の中にまだ親(人)を思いやる愛がなければ、周囲に愛ある人がいてもそこに愛を見ることが出来ないのだ。自分が未熟なままなら、未熟な自分自身しか投影することは出来ない。「人は鏡」といわれる所以である。

 

 出雲に来た2年前は男子生徒といがみ合うことしか出来なかった私だったが、卒業する頃には、あんなに険悪だった下級生の男子学生から、卒業後に電話で相談を受けるくらい良好な関係になっていた。だが、私が相手を思いやれるのは、まだ自分と同じか、年下の男性に限られていた。家族の責任を一心に背負い、神職として社会的責任をとっている父は、自分のことだけで精一杯の当時の私とはエネルギー差が大き過ぎて、理解出来る存在ではなかった。

 

神道ではご神前の中央には鏡が置かれる。

昔から「人は鏡」というが

フラクタル心理学理論の一元の理解が深まれば深まるほど

その意味深さに愕然とすることになる。

 

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(18)神々の出雲 感情の解放Ⅲ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月30日
 

神々の出雲 感情の解放Ⅲ

 

 女性だからと様々な制限を受けたが、それは特に修行の場でのことが多かった。滝行も、五十鈴川での禊も、いくら教官に頼んでもやらせてもらえなかった。100キロ近い道のりを歩いて出雲の神蹟をめぐる「御神蹟めぐり」も、女子生徒だけは自転車参加で、先に到着して皆の食事を作るのが仕事になったりもした。ひとつ大寒の日に稲佐の浜に入る「大寒禊」だけは、男子と同じように参加させてもらうことが出来たのだった。

  よく考えれば、女性であることで守られているのだから、「ラッキーじゃないか。」と思ってもいいようなものだが、当時の「差別された!!」と被害者意識満載だった私は、何もかもが差別としか思えない被害妄想状態だった。

 

 これは、もともとは弱い立場を利用してメリットを受けとろうとする思考パターンの最終段階だ。男は女を守って当り前、と依存しきって、何一つ責任をとろうとせず、何かあったら父のせいにする自分。その思考を重ねた結果、いざ自分から責任をとろうとすると、責任自体を取れる立場から排除されるという事態を現実化する。(本当はこれこそが子どもの脳の目的なのだが)すると、今度はそれが許せないと怒っているのだ。

 これまで得ていたメリットをデメリットだと強く感じるとき(リアルに足を踏まれた痛みを感じたとき)は、このパターンは手放せ、という合図だ。もう弱い振りはやめて、本当の強さ(能力)を身に付けたくなってきたということなのだ。

 

 こういうときは、さっさと責任を自分でとればいい。誰にも依存せず自分で責任をとり、自分のことは自分でやり、自分で自分を養う!と決めればこんな問題に悩むことはあっという間になくなる。だが、そうは問屋が卸さないのが感情脳だ。子どものときに身に付けた依存的な感情の思考パターンは、深層意識という無意識の領域でオートメーション化され、自動操縦で大量生産され続けている。このシステムを止めない限り、感傷に浸る自分を止められない。現在の自分がどんなに望んだとしても、無意識に大量生産される思考の量に勝てず、大人になること、責任をとることから逃げようとするのだ。

 

 そもそも感情脳は、これまでも理性の脳(表層意識の自分)の無知を利用して散々大人になることから逃げてきている。そう簡単に楽(子どものメリット)を手放そうとはしない。子どもが親の顔色を伺って自分の思い図を通すように、どこをどう押せば自分が感情のいいなりになり、現状のままの自分をよしとするかを心得ている。ましてフラクタル心理学を知らず、どこまでが感情脳でどこからが理性脳の思考かを分けることさえ出来ない当時の私には、ただ怒りに任せて悶々とするしか方法がなかった。

 こういう状態のとき、自分の中では、まだ弱い立場を利用することで受け取れるメリットが手放せないでいる。両方のメリットが欲しいから問題は解決せず、同じ場所に立ち止まり、悶々と悩み続けることになるのだ。

 大人の脳のメリットと子どもの脳のメリット、両方を同時に得ることは出来ない。二つは矛盾した正反対のエネルギーだからだ。それだけでなく、もともと持っているものを先に手放さなければ次に欲しいものは手に入らないのだが、脳は両方同時に手に入れられると勘違いするのだ。それは、思考の現実化の法則を知らない無知からくるのだが、当時フラクタル心理学理論はまだどこにも存在していなかったのだから知るすべはない。

 

 このような勘違いはよくやっている。例えば、夫にしっかり儲けてきて欲しいと願いながら、もっと優しい言葉をかけて欲しい、気を使って欲しい、と文句をいうのは、夫から正反対のエネルギーを同時に得ようとしていることになる。子どもに社会的な成功者になって欲しいと願いながら、「お父さんのような人の気持ちの判らない人にならないでね」と願っているなら、これも子どもから正反対のエネルギーを得ようといていることになる。感情は使わなければ使わないほどお金儲けが出来、社会的に成功出来るのだが、その夫や子どもに感情を使えと要求しているのだから、次第にお金儲けが出来ない夫、社会で活躍しようとしない子どもになっていく。それだけでなく、感情的なトラブルを起こすようになっていくのだ。それは、夫であれば浮気かもしれないし、会社の人間関係でのトラブルかもしれない。子どもなら、引きこもりや友達との諍いかもしれない。その時、まさか自分が望んだことが現実化したのだとは夢にも思わないだろうが、まさしくこれが、感情脳が望んだ思考の現実化が招いた結果なのだ。夫や子どもに成功して欲しいなら、ゆめゆめ感情的な自分の位置に下りてくることを望まないことなのだが、フラクタル心理学理論なしにオートメーション化した感情脳を止めることは難しい。

 

 当時の私は、生長の家の教えを胸に、「人は神の子。毎日あらゆる点で一層よくなる!」と唱えつづけ、今の現実を逃げずに生きることが内なる神の望む方向に行く道なのだと信じるほかなかった。

 

龍のエネルギーは、天に向かい、速く、留まることを知らず、容赦ない。

蛇のエネルギーは、鈍く地を這い、狭い場所にこもっては膿み、悪臭を放つ。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る (17)神々の出雲 感情の解放Ⅱ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月14日

 

神々の出雲 感情の解放 Ⅱ

 

 ここで経験した男女差別で、自分は深く傷ついたと思っていたが、考えてみればそれ以前にも自分の周囲では差別がつきまとっていた。小中学校では部落差別が大きな問題になっていたし、社会は基本男尊女卑で、家では父が母をこき使っているように感じていた私は、女性は損だといつも思っていた。

 フラクタル心理学を勉強し、「差別は、差別する思考を持っている人にだけ現実化しており、大人の脳で生きている人は差別がない世界に生きている。」と聞いたとき「差別がない世界が存在する⁉」と愕然としたものだった。それくらい差別は人が社会を形成する限り、当り前に存在するものだと思っていたのだ。 当り前だと思っていることこそ実は最も量が多い思考だとフラクタル心理学では勉強する。ということは、私の中では小さい頃から空気や水が存在するように、差別する思考が存在していたということらしい。あたり前に周りを差別していたといってもいい。つまり子どもの頃の私は、相当傲慢で、周囲を見下していたのだ。だから現実を離れ一人空想にふけることが出来たのだろう。

 

 また、「男女差別があるという人は、女を武器にして男性に依存する思考の持ち主」だという。考えてみれば、父は祖父亡き後、女性ばかり6人を男手一つで養っていたのだ。それがどんなに大変なことか子どもの私は想像すらしなかった。風邪で寝込む父の姿など見たことがないが、寝込むことさえ父には許されなかったのだ。毎日休みなく働く父が、家の中では自分の世話をするべき母を独占してこき使う悪者にしか見えていないから、世の中が男尊女卑に見えるのだ。貰うものは当たり前に貰っておいて文句だけはいい、母親をこき使っていたのは私のほうだ。責任から逃れる為には都合よく女であることを利用し、決して与える立場に回ろうとしない。そんな自分を正当化するには、父を悪代官のような存在にしておく必要があったのだ。

 

 人は当たり前の思考には気がつかない。わざわざ言葉にする必要がないくらい巷に溢れて存在するように見えるからだ。それは自分の思考なのだが、思考が100パーセント現実化していることを、フラクタル心理学で学んで知っていなければ気がつくことが出来ないだろう。実はそれも子どもの頃につくった思考パターンなので、気がつくことができれば変えることが出来るのだ。

 

 6歳ころまでの子どもは、どんなに素質があっても社会でお金がもらえるほどの能力は身に付いてはいない。能力を身に付けるには、コツコツと時間をかけ努力をしなくてはいけない。だが、遊び好きで、自分の思うようにしたいし、すぐに注目されたい子どもは、コツコツと誰かの指示に従い能力を身につけるのが大嫌いだ。能力をつけさせようとする親からのいいつけを聞けない罪悪感を誤魔化し、能力がない今のままの自分を正当化するには、親を悪者にして、自分よりももっとダメな人間を周囲に創り出すのが最も手っ取り早いのだ。なんてダメな奴!と思っているだけでも、自分の方が優れている気になれる。だが、それをやって努力から逃げ続ければ、いつまでたっても能力は身につかない。自己評価は低いままだ。そもそも子どもは親に養われている身だ。養う相手を見下す思考パターンがあると、常に社会に出ても自動的に自分を育てる人、養う人(先生、上司、社長、夫、社会など)を見下すことになる。無意識とは意識がオートメーション化しているということだ。やっていないつもりでも自動操縦でやっている。そうやって自分を正当化しながら努力から逃げ続ければ、低い自尊心を満たす為に益々外側に見下す者をつくりだし、自分の方がマシだと自己弁護に励むことになる。そういう人の見ている社会は、差別に満ち溢れているように見えるのだ。

 

 

 だが、この思考もやり過ぎると、山を登り切ったあとは下るしかないように、自分が見下す立場から見下される立場に逆転するのだ。

 

 この出雲の地で、私は初めて差別を受ける立場の悔しさ、苦しさを味わった。それは、自分が過去に味あわせた相手の思いが自分に帰ってきただけなのだ。当時こんなに嫌な思いをするものなら、差別は決してするものではないと感じたことを覚えているが、自分が人の足を踏んでいても痛くも痒くもないので、踏んでいることにさえ気がつけない。自分が踏まれて初めてその痛さに気がついた瞬間だったのだ。

 

 

 この、人を見下す思考パターンがある限り、相手のいいところを決して見ようとはせず、常に悪いところだけをカウントしていく。最初は自己評価の低い自分を誤魔化し、優越感を味わう意図でやっていたとしても、「だからこいつはダメなのだ!」と見下す思考を繰り返すうちに思考の量が増え、本当に相手はダメ人間になっていく。これを夫にやり続けると、夫が、誰が見てもダメな夫と認められる現実を創っていく。これを上司や部下にやると、使えない上司や部下ばかり周囲に量産することになる。子どもにやれば、子どもが問題を起こすようになる。だが、「どうしようもない奴」などと余裕をもっていられるのも最初のうちだけで、次第に自分自身がそのダメ人間に悩まされる現実を嫌というほど味わうことになるのだ。この状況を創り出したのは自動操縦の深層意識だが、現実に直面し「こんなはずじゃなかった!」と驚き、傷つくのは表層意識の自分だ。二つはまったく別の脳なのだ。

 

 感情脳が創り出すパターンの現実化は、最初は自分が被害者だと感じるところから始まる。「なんで私がしなくちゃならないの!」「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの!」そこには隠れた意図がある。自己評価が低い自分が優越感を味わうためだったり、怠慢な自分、傲慢な自分を正当化する為だったりする。一番の意図は親の側(与える側)に回ることから逃げ、いつまでも貰える側で、言いたい放題、やりたい放題の子どもでいたい自分の正当化だ。その為に、決して相手の本当の姿を見ようとしないで、悪いところだけをカウントして不満ばかりを口にする。その思考を貯め続けると、社会で誰もが同情してくれるような弱い立場の被害者になっていく。それが、能力のない子どもの脳が創った勝ちパターンだからだ。

 

 自分の中にある甘酸っぱい感傷にひたると、可哀想なドラマの主人公になったような切ない気持ちになるものだ。だが、これこそが6歳までの自分がつくった被害者意識という感情の思考パターンなのだ。ドラマで感傷に浸るだけでも思考は貯まる。いつか現実化して自分が被害者になったときは、まったく別の感情を味わうことになることを知っておいた方がいい。誰かに足を踏まれた被害者の自分を想像し感傷に浸るのと、実際足を踏まれたリアルな痛みを味わうのとではまったく違うように。(続く)

出雲大社の本殿

昔はこの本殿の裏山がご神体だったと言われている。

本殿の裏には、その床下に一晩籠れば霊能を授かることが出来るという社がある。

出雲大社の神主さんが教官となって受けた授業の中には、

大社に昔から伝わる除霊の祭祀や、その祭祀中に起こる様々な霊現象の話が聞けて、生徒には大受けだった。

 

 
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