2019年

蛇神はたくらみ龍神は斬る(19)神々の出雲 感情の解放Ⅳ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年02月07日

神々の出雲 感情の解放四

 

 それまでの私は父親に対する不信感と、身近に父以外の男性がいなかったことから、男性不信が強かった。だが、出雲での生活で自尊心を少しずつ取り戻せたことと、男子生徒と男女という垣根を超え、下級生にどう向き合うかというテーマで正面から何度もぶつかり合ったことで、同じ人間として本音で向き合うことが出来るようになっていった。その経験から、「私だったらこう思うからきっとあの人もそう思うだろう。私だったらきっと嫌だからあの人も嫌な気持ちになるに違いない」と、自分の気持ちを相手に重ねて、相手を思いやることが出来るようになってきた。これは男性が自分と同じ感情を持った人間だと分かるようになってきたということなのだ。

 ということは、それまでの私は、男性を自分と同じ人間だとすら思っていなかったということなのだ。愛がないとはまさにそういうことだ。自分とは全く違う男という生き物、それは女好きで、理性に乏しく、暴力的で理解しがたい生き物。そんな失礼気まわりない評価だった。

 これは、まだ人として経験不足で、未熟だということなのだ。例えば、子どもは親に自分を重ねて思いやれない。つまり親を自分と同じ人間だと思っていないということなのだ。自分とは違う親という生き物だから、平気で傷つけるようなことを言い、行動できるのだ。そして、まさか自分の言葉に親が深く傷つくこともあるとは露ほども感じていないくせに、自分は親から散々傷つけられたと感じている。まだ親を自分と同じ人間として思いやる心が育っていないのだ。人を育てるという立場にたち、親と同じような経験を積むことによって、やっと自分の気持ちを親に重ね思いやることができるようになってくる。

 フラクタル心理学では、親に愛が持てない(思いやれない)状態を、まだ愛がない人だという。この状態だと誰と付き合っても相手に愛を見ることが出来ない。常に愛に裏切られる気がするのだ。それは、自分が愛だと信じているものが愛ではないからだ。子どもの脳(感情脳)は、その場その場の感情を満たしてくれるのが愛だと思っているのだが、そんな我儘を許す親などいない。親になればよく分かるが、子どもは本来面倒くさがりで、自分のやりたいことだけやっていたい生き物だ。子どものその場その場の感情を一々満たしていたら、とんでもなく我儘な大人に育ってしまう。だから、どんなに泣き叫んでも子どものときに我慢することを覚えさせるのだが、我慢の効かない感情脳であればあるほどそれは虐待にも等しく感じられるはずだ。だが、本当はそれこそが愛なのだ。親が愛を持って曲がりなりにも社会に適応できるように厳しく躾けてくれたからこそ、社会で感情を押し殺して働くことが出来るようになるのだから。

 もし、感情を満たしてもらうことが愛だと信じ続けるなら、「愛が欲しい!愛が欲しい!」と何歳になっても愛を探し続けることになるだろう。感情を満たすとは我儘な子どもの心を優先するということだからだ。それは周りの人間にとっては、子どもの我儘に振り回されることに等しい。だから、そのうち愛想をつかされることになる。だが、そういう人にとって、周囲の人こそ嫌になるくらい我儘な子どものように見えているはずだ。人は自分の脳の中にあるものでしか外側を見ることが出来ないからだ。自分の中にまだ親(人)を思いやる愛がなければ、周囲に愛ある人がいてもそこに愛を見ることが出来ないのだ。自分が未熟なままなら、未熟な自分自身しか投影することは出来ない。「人は鏡」といわれる所以である。

 

 出雲に来た2年前は男子生徒といがみ合うことしか出来なかった私だったが、卒業する頃には、あんなに険悪だった下級生の男子学生から、卒業後に電話で相談を受けるくらい良好な関係になっていた。だが、私が相手を思いやれるのは、まだ自分と同じか、年下の男性に限られていた。家族の責任を一心に背負い、神職として社会的責任をとっている父は、自分のことだけで精一杯の当時の私とはエネルギー差が大き過ぎて、理解出来る存在ではなかった。

 

神道ではご神前の中央には鏡が置かれる。

昔から「人は鏡」というが

フラクタル心理学理論の一元の理解が深まれば深まるほど

その意味深さに愕然とすることになる。

 

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(18)神々の出雲 感情の解放Ⅲ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月30日
 

神々の出雲 感情の解放Ⅲ

 

 女性だからと様々な制限を受けたが、それは特に修行の場でのことが多かった。滝行も、五十鈴川での禊も、いくら教官に頼んでもやらせてもらえなかった。100キロ近い道のりを歩いて出雲の神蹟をめぐる「御神蹟めぐり」も、女子生徒だけは自転車参加で、先に到着して皆の食事を作るのが仕事になったりもした。ひとつ大寒の日に稲佐の浜に入る「大寒禊」だけは、男子と同じように参加させてもらうことが出来たのだった。

  よく考えれば、女性であることで守られているのだから、「ラッキーじゃないか。」と思ってもいいようなものだが、当時の「差別された!!」と被害者意識満載だった私は、何もかもが差別としか思えない被害妄想状態だった。

 

 これは、もともとは弱い立場を利用してメリットを受けとろうとする思考パターンの最終段階だ。男は女を守って当り前、と依存しきって、何一つ責任をとろうとせず、何かあったら父のせいにする自分。その思考を重ねた結果、いざ自分から責任をとろうとすると、責任自体を取れる立場から排除されるという事態を現実化する。(本当はこれこそが子どもの脳の目的なのだが)すると、今度はそれが許せないと怒っているのだ。

 これまで得ていたメリットをデメリットだと強く感じるとき(リアルに足を踏まれた痛みを感じたとき)は、このパターンは手放せ、という合図だ。もう弱い振りはやめて、本当の強さ(能力)を身に付けたくなってきたということなのだ。

 

 こういうときは、さっさと責任を自分でとればいい。誰にも依存せず自分で責任をとり、自分のことは自分でやり、自分で自分を養う!と決めればこんな問題に悩むことはあっという間になくなる。だが、そうは問屋が卸さないのが感情脳だ。子どものときに身に付けた依存的な感情の思考パターンは、深層意識という無意識の領域でオートメーション化され、自動操縦で大量生産され続けている。このシステムを止めない限り、感傷に浸る自分を止められない。現在の自分がどんなに望んだとしても、無意識に大量生産される思考の量に勝てず、大人になること、責任をとることから逃げようとするのだ。

 

 そもそも感情脳は、これまでも理性の脳(表層意識の自分)の無知を利用して散々大人になることから逃げてきている。そう簡単に楽(子どものメリット)を手放そうとはしない。子どもが親の顔色を伺って自分の思い図を通すように、どこをどう押せば自分が感情のいいなりになり、現状のままの自分をよしとするかを心得ている。ましてフラクタル心理学を知らず、どこまでが感情脳でどこからが理性脳の思考かを分けることさえ出来ない当時の私には、ただ怒りに任せて悶々とするしか方法がなかった。

 こういう状態のとき、自分の中では、まだ弱い立場を利用することで受け取れるメリットが手放せないでいる。両方のメリットが欲しいから問題は解決せず、同じ場所に立ち止まり、悶々と悩み続けることになるのだ。

 大人の脳のメリットと子どもの脳のメリット、両方を同時に得ることは出来ない。二つは矛盾した正反対のエネルギーだからだ。それだけでなく、もともと持っているものを先に手放さなければ次に欲しいものは手に入らないのだが、脳は両方同時に手に入れられると勘違いするのだ。それは、思考の現実化の法則を知らない無知からくるのだが、当時フラクタル心理学理論はまだどこにも存在していなかったのだから知るすべはない。

 

 このような勘違いはよくやっている。例えば、夫にしっかり儲けてきて欲しいと願いながら、もっと優しい言葉をかけて欲しい、気を使って欲しい、と文句をいうのは、夫から正反対のエネルギーを同時に得ようとしていることになる。子どもに社会的な成功者になって欲しいと願いながら、「お父さんのような人の気持ちの判らない人にならないでね」と願っているなら、これも子どもから正反対のエネルギーを得ようといていることになる。感情は使わなければ使わないほどお金儲けが出来、社会的に成功出来るのだが、その夫や子どもに感情を使えと要求しているのだから、次第にお金儲けが出来ない夫、社会で活躍しようとしない子どもになっていく。それだけでなく、感情的なトラブルを起こすようになっていくのだ。それは、夫であれば浮気かもしれないし、会社の人間関係でのトラブルかもしれない。子どもなら、引きこもりや友達との諍いかもしれない。その時、まさか自分が望んだことが現実化したのだとは夢にも思わないだろうが、まさしくこれが、感情脳が望んだ思考の現実化が招いた結果なのだ。夫や子どもに成功して欲しいなら、ゆめゆめ感情的な自分の位置に下りてくることを望まないことなのだが、フラクタル心理学理論なしにオートメーション化した感情脳を止めることは難しい。

 

 当時の私は、生長の家の教えを胸に、「人は神の子。毎日あらゆる点で一層よくなる!」と唱えつづけ、今の現実を逃げずに生きることが内なる神の望む方向に行く道なのだと信じるほかなかった。

 

龍のエネルギーは、天に向かい、速く、留まることを知らず、容赦ない。

蛇のエネルギーは、鈍く地を這い、狭い場所にこもっては膿み、悪臭を放つ。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る (17)神々の出雲 感情の解放Ⅱ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月14日

 

神々の出雲 感情の解放 Ⅱ

 

 ここで経験した男女差別で、自分は深く傷ついたと思っていたが、考えてみればそれ以前にも自分の周囲では差別がつきまとっていた。小中学校では部落差別が大きな問題になっていたし、社会は基本男尊女卑で、家では父が母をこき使っているように感じていた私は、女性は損だといつも思っていた。

 フラクタル心理学を勉強し、「差別は、差別する思考を持っている人にだけ現実化しており、大人の脳で生きている人は差別がない世界に生きている。」と聞いたとき「差別がない世界が存在する⁉」と愕然としたものだった。それくらい差別は人が社会を形成する限り、当り前に存在するものだと思っていたのだ。 当り前だと思っていることこそ実は最も量が多い思考だとフラクタル心理学では勉強する。ということは、私の中では小さい頃から空気や水が存在するように、差別する思考が存在していたということらしい。あたり前に周りを差別していたといってもいい。つまり子どもの頃の私は、相当傲慢で、周囲を見下していたのだ。だから現実を離れ一人空想にふけることが出来たのだろう。

 

 また、「男女差別があるという人は、女を武器にして男性に依存する思考の持ち主」だという。考えてみれば、父は祖父亡き後、女性ばかり6人を男手一つで養っていたのだ。それがどんなに大変なことか子どもの私は想像すらしなかった。風邪で寝込む父の姿など見たことがないが、寝込むことさえ父には許されなかったのだ。毎日休みなく働く父が、家の中では自分の世話をするべき母を独占してこき使う悪者にしか見えていないから、世の中が男尊女卑に見えるのだ。貰うものは当たり前に貰っておいて文句だけはいい、母親をこき使っていたのは私のほうだ。責任から逃れる為には都合よく女であることを利用し、決して与える立場に回ろうとしない。そんな自分を正当化するには、父を悪代官のような存在にしておく必要があったのだ。

 

 人は当たり前の思考には気がつかない。わざわざ言葉にする必要がないくらい巷に溢れて存在するように見えるからだ。それは自分の思考なのだが、思考が100パーセント現実化していることを、フラクタル心理学で学んで知っていなければ気がつくことが出来ないだろう。実はそれも子どもの頃につくった思考パターンなので、気がつくことができれば変えることが出来るのだ。

 

 6歳ころまでの子どもは、どんなに素質があっても社会でお金がもらえるほどの能力は身に付いてはいない。能力を身に付けるには、コツコツと時間をかけ努力をしなくてはいけない。だが、遊び好きで、自分の思うようにしたいし、すぐに注目されたい子どもは、コツコツと誰かの指示に従い能力を身につけるのが大嫌いだ。能力をつけさせようとする親からのいいつけを聞けない罪悪感を誤魔化し、能力がない今のままの自分を正当化するには、親を悪者にして、自分よりももっとダメな人間を周囲に創り出すのが最も手っ取り早いのだ。なんてダメな奴!と思っているだけでも、自分の方が優れている気になれる。だが、それをやって努力から逃げ続ければ、いつまでたっても能力は身につかない。自己評価は低いままだ。そもそも子どもは親に養われている身だ。養う相手を見下す思考パターンがあると、常に社会に出ても自動的に自分を育てる人、養う人(先生、上司、社長、夫、社会など)を見下すことになる。無意識とは意識がオートメーション化しているということだ。やっていないつもりでも自動操縦でやっている。そうやって自分を正当化しながら努力から逃げ続ければ、低い自尊心を満たす為に益々外側に見下す者をつくりだし、自分の方がマシだと自己弁護に励むことになる。そういう人の見ている社会は、差別に満ち溢れているように見えるのだ。

 

 

 だが、この思考もやり過ぎると、山を登り切ったあとは下るしかないように、自分が見下す立場から見下される立場に逆転するのだ。

 

 この出雲の地で、私は初めて差別を受ける立場の悔しさ、苦しさを味わった。それは、自分が過去に味あわせた相手の思いが自分に帰ってきただけなのだ。当時こんなに嫌な思いをするものなら、差別は決してするものではないと感じたことを覚えているが、自分が人の足を踏んでいても痛くも痒くもないので、踏んでいることにさえ気がつけない。自分が踏まれて初めてその痛さに気がついた瞬間だったのだ。

 

 

 この、人を見下す思考パターンがある限り、相手のいいところを決して見ようとはせず、常に悪いところだけをカウントしていく。最初は自己評価の低い自分を誤魔化し、優越感を味わう意図でやっていたとしても、「だからこいつはダメなのだ!」と見下す思考を繰り返すうちに思考の量が増え、本当に相手はダメ人間になっていく。これを夫にやり続けると、夫が、誰が見てもダメな夫と認められる現実を創っていく。これを上司や部下にやると、使えない上司や部下ばかり周囲に量産することになる。子どもにやれば、子どもが問題を起こすようになる。だが、「どうしようもない奴」などと余裕をもっていられるのも最初のうちだけで、次第に自分自身がそのダメ人間に悩まされる現実を嫌というほど味わうことになるのだ。この状況を創り出したのは自動操縦の深層意識だが、現実に直面し「こんなはずじゃなかった!」と驚き、傷つくのは表層意識の自分だ。二つはまったく別の脳なのだ。

 

 感情脳が創り出すパターンの現実化は、最初は自分が被害者だと感じるところから始まる。「なんで私がしなくちゃならないの!」「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの!」そこには隠れた意図がある。自己評価が低い自分が優越感を味わうためだったり、怠慢な自分、傲慢な自分を正当化する為だったりする。一番の意図は親の側(与える側)に回ることから逃げ、いつまでも貰える側で、言いたい放題、やりたい放題の子どもでいたい自分の正当化だ。その為に、決して相手の本当の姿を見ようとしないで、悪いところだけをカウントして不満ばかりを口にする。その思考を貯め続けると、社会で誰もが同情してくれるような弱い立場の被害者になっていく。それが、能力のない子どもの脳が創った勝ちパターンだからだ。

 

 自分の中にある甘酸っぱい感傷にひたると、可哀想なドラマの主人公になったような切ない気持ちになるものだ。だが、これこそが6歳までの自分がつくった被害者意識という感情の思考パターンなのだ。ドラマで感傷に浸るだけでも思考は貯まる。いつか現実化して自分が被害者になったときは、まったく別の感情を味わうことになることを知っておいた方がいい。誰かに足を踏まれた被害者の自分を想像し感傷に浸るのと、実際足を踏まれたリアルな痛みを味わうのとではまったく違うように。(続く)

出雲大社の本殿

昔はこの本殿の裏山がご神体だったと言われている。

本殿の裏には、その床下に一晩籠れば霊能を授かることが出来るという社がある。

出雲大社の神主さんが教官となって受けた授業の中には、

大社に昔から伝わる除霊の祭祀や、その祭祀中に起こる様々な霊現象の話が聞けて、生徒には大受けだった。

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る(16)神々の出雲 感情の解放Ⅰ

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月10日

 

神々の出雲  (Ⅰ)感情の解放

 

 出雲大社の神職養成学校は、半日勉強し、半日は社頭奉仕といって、出雲大社で神職の仕事を手伝う。女子の生徒は巫女の仕事を手伝うことも多かった。夏や冬の長期休暇には他所の神社に一週間ほど研修に出向く。年に数回、御神跡巡り、大祓い百巻奏上、大寒禊といった荒行が行われ、2年目の冬には伊勢神宮で他の神職養成学校の生徒と合同の研修会があり、五十鈴川での禊もある。

 

 一年目が始まると、出雲の地で早朝から規則正しい生活をしているおかげで自尊心が出来てきたのだろう。次第に周りの同級生のやり方に腹が立つようになった。年下ばかりだったせいもあるだろう。ぶっきら棒で自分本位な過去の自分が周囲に見えて、腹が立って仕方がなかった。誰かに向けて思いっきり怒りをぶつけたのも初めての経験だった。フラクタル心理学では、外側に腹が立つ相手がいるときは、今は変えたいと思っている過去の自分の姿を見ているのだが、その当時は勿論知らなかった。

 2年目に下級生が入って来ると益々頭にくる出来事ばかりが増えた。過って不良で、散々親不孝し、上級生にぞんざいな口をきき、脅し、バカにする下級生は、父に反発し、見下している過去の自分の姿だった。だが、内側に神がいると信じていた当時の私は、脅されても怯まなかった。散々真っ向から睨み合い、毎日学校行事が終わると出雲大社の境内にある社を拝んで回り、裏山にある滝まで行って朗詠を叫んで気持ちの憂さを晴らしていた。それでも収まらない怒りを勉強に向けたおかげで、卒業する時は最優秀賞を受けることができた。5人しかいないのだから大したことはないが、頭にくるとこんなに勉強に集中できるものかと思うくらい怒ってばかりいた2年間だった。

 

 過っての自尊心が低い自分は、本当はいつも怒っていたのにも関わらず、怒りを表現するのが苦手だった。だから、自分の気持ちが自分でもよくわからなかったのだろう。内心では気持ちを言葉にして誰かに理解してもらいたいと心の底から願っていた。怒りを表現するには自尊心が必要なのだった。

 

 出雲大社で自分が腹を立てる原因が、もう一つあった。

それは男女の差だった。

 出雲大社では男性が入れても女性が入れない場所があった。同じ神職養成学校の生徒でも、そこは変わらなかった。生理になると女性は社頭に出てはならないという決まりもあった。生理は不浄という解釈なのだ。私は神社の娘だったが、初めて聞く解釈だったので、まるで女性そのものが不浄だと言われたようなショックを受けた。差別を受けるとこういう気持ちになるのか、と感じたものだった。(続く)

稲佐の浜

団体訓練、龍笛の練習をしていた思い出深い場所

 

 

蛇神はたくらみ龍神は斬る (15)神々の出雲

カテゴリー/ その他 |投稿者/ カウンセリングルーム「桜」
2019年01月07日

神々の出雲

 

 神職の学校に行くことに決めたのは、長女が亡くなって4年後、銀行に勤めて5年目のことだった。岡山で看護師をしていた次女が家を継ぐつもりで帰って来ていたが、本人も父も本心では気が乗らないようだった。権威的で古い考えの父と、自由で行動的な次女は、もともとそりが合わなかった。姉は恐らく父の妹の、尊敬する叔母様(当時川崎医科大学附属病院で総婦長をしておられた)に説得されたのだろう。父は自分の性格と似ている3女に継がせたいようだったが、3女にはその気がまったくないのは明らかだった。当時の私は姉達を父から解放したかった。長女と同じように運命を父に決めさせたくなかったのだ。父に任せればまた姉が不幸になると思い込んでいた。自分が継ぐつもりで神職の学校に行くと言えば、姉達は父から解放され、すべてが丸く収まるような気がしたのだった。

「親に感謝出来ない者はこの世で幸せになれない」という生長の家の教えを知らなければ、とても考えられない決断だった。当時の自分には、どうすれば父に感謝出来るのかまったくわからなかったが、そこにこだわり続けることで出した結論でもあった。

 

 

 出雲大社にある神職養成学校での2年間の寮生活は、他では経験できない、なんとも特別な時間だった。それは団体訓練という軍隊さながらのⅠ週間から始まる。上下関係は徹底していた。私は当時24歳で社会人経験者だったが、ひとり自衛隊員だった年上の上級生がいただけで、他は全員年下の社会経験がない者ばかりで、ほとんどの者が社家の出(神社の跡取り)だった。毎年生徒数は異なるが、この年は上級生5人下級生6人の、総勢11人でのスタートだった。

 

 1週間の団体訓練の間は、午前中は東京の国学院大学から来られた教授の講義に始まり、午後は稲佐の浜までランニングし、砂浜でのダッシュ、声出し、規律正しく行動が出来るように号令に合わせて整列、行進する訓練が夕方まで続く。声出しは声帯が潰れ、喉から血が出るまで大声で叫ぶことを繰り返す。そうすることで祝詞を読む声が、腹から出るよく通る声になるのだそうだ。上級生が下級生をしごく感じとでもいうのだろうか。毎年最初のⅠ週間でその厳しさに逃げだす者がいると聞いたが、私達のときも1人が脱落した。男性ばかりの中に私以外に女性が一人いたのが救いだった。もし女性が私一人だったら、とても2年間は持たなかっただろう。ついこの間まで銀行業務をしていた自分が、稲佐の浜で軍隊のように整列して、軍歌を歌い、年下の上級生にしごかれながら訓練していることがなんとも不可思議で現実離れしており、内心可笑しかったのを思い出す。

 

 ここでも、親元を離れて、早朝から決められた規則正しい生活をする生長の家の道場での経験が役に立った。この頃はもう自分の中に神がいると信じていた私は、出雲大社にいることも決して偶然ではなく、内なる神様のお導きだと感じていた。(続く)

 

出雲大社の拝殿

巫女舞の笛と太鼓は生徒に担当させてもらえる

 

 
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